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3.inference

 テーブルの中央にガスコンロと土鍋、それを囲ってわたしたち。土鍋の中には良い具合に火の通った鶏肉、白滝、白菜、鮭、椎茸、その他色々。
 フミナさんは鍋を仕切って、それ以外の人たちはさっそく推理合戦を始めている。フミナさんは血糊のついた服をすでに着替えていた。
「何はともあれ、まずは各人の状況を確認しましょう。アリバイの確認、と考えていただいても結構です」
 キョウさんがワイングラスを傾けた。推理力を鈍らせるという理由でアルコールは夕食後ということになっていた。もっとも、このゲームにそれほど興味のないゆーせいさんあたりは露骨に不満そうな顔を浮かべていたけれど。
「それじゃ俺から」
 鮭の身を丁寧にほぐしていたのを中断して西くんが手を挙げる。キョウさんは微笑してどうぞと先を促した。
「えーと、昼はみんなと一緒にいて、二時くらいまで自分の部屋にいたんだけど、図書室に行こうとしたらなんか鍵が掛かってて」
「それは図書室のどの扉ですか? 二階側?」
「そうだよ。ああ、えーと、そのときはゆーせいも一緒だったんだが――」
「ん。確かに一緒だった。鍵が掛かってたな」
 取り皿にフミナさんから鶏肉を受け取って、ゆーせいさんが大仰に同意する。ということは、少なくとも図書室の鍵の話は信頼に足る、ということだ。
「まあしょうがないから、それじゃホールで雑談でもしようかとゆーせいと一緒に一階に下りて」ゆーせいさんの方を見る。「……ゆーせいが酒を飲み始めて、四時くらいに逃げ出した」
「それからは自分の部屋に?」
 西くんが首肯した。
「それからはキョウも知っての通りで――」
「ええ、まあね。五時にあなたを誘い、死体発見の六時までホールにいましたね」
「んじゃ、その時間の俺のアリバイはある、ってことか。つっても一時から二時の間と四時から五時の間、自分の部屋にいた時間が合計二時間くらいはあるから、完全に潔白ってワケにはいかないだろうけど」
 実際には西くんの行動はすべて台本に書かれている通りなわけで、その辺りのメタ的な視点から彼の話を紐解けばもう少し簡単化して考えられるはずだったけれど、まあそれは興醒めなのでやらない方向で。
 例えば西くんがホールから自分の部屋に戻ったときの時刻を「四時くらい」と言っているけれど、まあ普通に考えれば四時二分だとか三時五十六分だとかの中途半端な時間ではないだろう。おそらく彼の台本には『午後四時に自室に戻る』と記されているはず。
「それでは次は私が」キョウさんが紳士的な声で言う。「昼食後は遊戯室でビリヤードに興じていました。そのことは如月嬢とゆーせい氏に証明していただけるかと」
「ああ、でも俺はすぐに部屋に戻ったよ。……つかここだけの話、台本にはすぐに部屋に戻るように書かれてたんだけど――」
「ちょっと待った! それはNGだろ」
 西くんが叫ぶ。『台本』という言葉で雰囲気をぶち壊すのはマナー違反だし、台本のことを持ち出して推理の材料にするのはルール違反だ。
「……ともかく、少なくとも如月嬢はその時間の私の存在を証明できるはずです」
 みんなが一斉に如月の方を見る。彼女は推理に興ずる面々への興味もフミナさんの料理への興味もないらしく、机の上で足を組んで窓の外を見ていた。非常に行儀が悪いけれどそれ以上に口が悪いので、多分如月を注意しなければならない立場にいるわたしもあまり声を掛けたくなかった。
「如月嬢」苦笑しながらキョウさんが言う。「私のアリバイを証明していただけますね?」
「そもそも私の証言なんて当てになるとも思えないのだがね。第一に私とキョウが共犯だった場合。第二に殺人が遠隔装置によるものであった場合。第三に被害者が自殺であった場合。他にも挙げようと思えばいくらでも挙げられる。それらの可能性をまともに検討せずにアリバイ調べとは、ずいぶんと豪快というか、無邪気なんだねえ」
「異議を唱えるつもりはないですが、装置による殺人である場合は何らかの方法で装置を回収しなければなりませんから、アリバイを調べることは無価値ではありません。そして、犯人が複数であったり被害者が自殺だったという可能性はありません。その点に関しては事前に出題者のフミナ嬢から否定されています」
「なるほど。子供だましなんだね」
 くくくっと如月が低い声で笑い声を漏らす。西くんがムっとしたのが表情を見れば分かる。他のメンツも多かれ少なかれ同じ気分になっているだろう。
「如月さん、あなたのおっしゃることも分かりますが、ここはひとつご参加いただけませんか? 推理に参加しろとは申しませんけれど、せめて推理の材料くらいは」
「参加しないとは言っていないさ。確かにキョウは午後一時から午後二時二十七分まで遊戯室にいた。もっともそれは私がキョウと認識した人物であって、彼の名前が本当にキョウなのか、そしてその人物がここにいるキョウと名乗る人物と同一人物なのか、というところまでは保証しかねる。さらに言えば午後一時から午後二時二十七分というのもこの館にある時計によって規定された、この場所における時刻でしかないので、この館の他の系と同一に時間が経過しているという保証もない」
「はい――どうも」
 下手なことを言わず、キョウさんは如月の饒舌を遮った。なるほど賢い手段だと思った。わたしなんかはただ黙って無視するのが最良の方法だと思っていたから。
「では私の話に戻ります。二時三十分に如月嬢と別れた私は午後四時まで自室で読書をしていました。一人だったのでこの時間の私の無罪を証明出来る人間はいません。その後はゆーせい氏に誘われて二人でホールに、午後五時にゆーせい氏を自室に送り届けてから、それ以降は相手が西君に代わり、死体発見時までずっとホールにいました」
 わたしはキョウさんの話を聞きながら鍋の底に沈んでいた鮭を拾い上げた。取り皿に入れると鮭の皮や身から油がじわりと広がった。箸で身をほぐし、一口食べると、魚の脂の甘みに似た味が口の中に広がった。とても濃厚だ。
「流れからいくと、次は俺が――」
「それじゃわたしが」
 わたしが強引に割り込むと、ゆーせいさんは口を開いた状態でぽかんと停止した。フミナさんが口元に手を当てて上品に笑う。
「ええと、わたしは――」
 そしてわたしは昼からの自分の行動を説明した。わたしのアリバイのすべてが如月の保証するものであることに多少の不安を覚えないでもなかったけれど。
「なるほど。よし、今度こそ次は――」
「午後一時から二時半まではキョウと遊戯室に。二時半から三時までの三十分は彼女の部屋に、それからまた遊戯室に戻って六時まで彼女と一緒に」
 如月がゆーせいさんの言葉を遮って答えた。こちらを見もせずに物憂げに言った後も、相変わらず黒いだけの窓の外を見つめていた。
「何なんだよ! つーか無視するなよ」
「いや、だってゆーせいだしな」
「ゆーせいさんだし」
「おいおい君たち、もう少し年上を敬うということをしなさい」
「ほら、鶏肉」
 西くんがゆーせいさんの取り皿に自分の鶏肉を放り込んだ。
「ん、ありがと――って食いかけじゃねえか! もういい。分かった分かった。えーと、待てよ、今思い出してるからな、思い出してるからな」
「どうして二回もおっしゃったのですか?」
 冷静なフミナさんのツッコミ。どうやら彼女は天然ボケのジャンルに含まれるみたい。
「自分の行動くらい覚えておけよ」
「歳を取ると物覚えが悪くなる、というやつですよ。最初に固有名詞から消えていって、最後は今日の自分の行動も思い出せなくなる」
「こらそこ、好き勝手言わない。えーと、最初は遊戯室にいて、すぐに自分の部屋に戻ったのが一時ちょっと過ぎたくらい。で、二時くらいに西くんを誘って図書館に行こうとして鍵が掛かってて諦めてホールに行って、そこで映画の話をしながら酒を飲み、フランス映画のトップ5を話し合いながら酒を飲み、もし本当にこの館で本当に殺人事件が起きたら誰が犯人だろうと雑談しながら酒を飲み」
「飲んでばかりだな」
 珍しく如月が言葉を挟んだ。相変わらず顔をこちらに向けもしないけど。
「四時になったら西くんが逃げて、代わりの生け贄としてキョウくんを誘ってまた酒を飲み、多分五時くらいになったら自分の部屋に戻ってベッドに倒れた」
「すっげー曖昧なのな」
「ん。まあ時間は正確なはず。あれくらいで酔うような俺じゃないから」
「ゆーせいさん、あんまり無茶な飲み方はしないでくださいね」
 フミナさんが優雅にたしなめた。ぼそぼそと聞き取りにくい声だけれど、まるで良家のお嬢様のような口調だった。
 鍋の具を一通り食べ終わると、そこに白米と卵を投入して雑炊にした。魚と鶏肉と茸の出汁で味付けられた雑炊は絶品だった。庶民だけが味わえる最高の料理のひとつだと思う。
「んー。うまいなぁ」
 レンゲで掬った雑炊を冷ましながらゆーせいさんが言う。一方のわたしは猫舌過ぎてとてもではないが手を(舌を?)出すことが出来なかった。
「そういえばフミナさん。昼にワインの話題が出たと記憶しているんですがね」
「すっかり忘れていました。失礼します」
 フミナさんはダイニングホールを出て、五分もしないうちに両手で黒いボトルを抱えて戻ってきた。
「私はワインはよく分からないのですが、これは値段相応の味がすると思いますよ」
「何というワインですか?」
 ゆーせいさんが質問する。
「さあ、分かりませんけど。五万円くらいはしましたよ」
「高級ワインだとしても手頃な値段ですね」
 キョウさんはフミナさんからボトルを受け取って、主にラベルの部分を鑑定する。
「……んふふ、センスは悪くないと思いますよ。シャトー・ラフィット・ロートシルトですか」
 フミナさんから安っぽい作りのコルクスクリューを受け取って、慣れた手つきで栓を抜く。小気味良い音を立てて抜けたコルクの香りをソムリエみたいな手つきで確かめた。
「じゃ、味見は任せてくれ」
 待ってましたとばかりにゆーせいさんがグラスを差し出す。苦笑しながらキョウさんがワインを注いだ。


「では次にしなければならないことは何でしょう」
「そうだな。ツマミが欲しいかな」
「酔っぱらいはすっこんでろ」
 西くんがゆーせいさんを切り捨てた。何だと俺はまだ酔っていないぞ、と息巻くゆーせいさんだったけれど、酔っていない状態でこれなんだったらそれはそれで問題がある気がする。
 ワインを堪能したのはゆーせいさん、キョウさん、フミナさん、そしてちゃっかり如月。西くんはアルコールが思考の妨げになるという理由で辞退した。わたしはさっきの件で十分反省しているのでもちろん飲むつもりはない。
 酒量にも関わらず一番酔いが回っているのがフミナさんだった。不健康そうな白い肌をほんのりと桜色に染めて、夢見心地でふらふらと体が前後に揺れている。
 如月は酒の味を楽しむためか少しずつ口に含み、夜の山という何が面白いのかさっぱり理解できない景色を肴にして優雅にワインを堪能していた。
 ビールや焼酎を飲むのと何ら変わらない飲み方をするゆーせいさんと、洗練された飲み方で上品にワインを楽しむキョウさん。男性二人は対照的だった。
「んふふ。そうではなくて、私たちが次にしなければならないのは犯行時刻を特定することですよ。でなければ、アリバイを調べた意味がありませんからね」
 キョウさんは如月の方を見た。彼女は鼻で笑って答える。
「私が最後にフミナ嬢を見たのは午後二時の少し前くらいです。厨房で片付けを終えた彼女は私と如月嬢のいる遊戯室を通って図書室へ行きました。ですよね?」如月に同意を求めるも、返事を待たずに話を続ける。「ということは犯行が行われたのは、範囲を大目に見積もっても午後二時から六時までの四時間」
「死体を解剖するわけにもいかないし、これ以上範囲を絞るのは難しいだろうな」
 西くんの言葉にキョウさんが頷く。
「この四時間の間にもっとも確かなアリバイを持っているのは如月嬢です。彼女は午後二時三十分までは私と、それ以降はずっとMaL嬢と行動を共にしていますからね」
「でも如月は二時半にキョウさんと別れていますよね。それからわたしの部屋に来るまでの間に図書室へ行けば、フミナさんを刺し殺すことだって可能だと思いますけど」
「不可能とは言いませんが、難しいんじゃないでしょうか。正確にジャスト二時三十分に別れたわけではないので三、四分の誤差は生じるでしょうけど」
「完全なアリバイを持ってるやつは如月だけか」
 西くんが全員を見ながら言った。如月以外の全員は自分の部屋で過ごしたアリバイのない時間がある。わたし自身も午後二時からの三十分の間、自分の部屋で過ごしていたと申告したわけだけれど、それを証明する手段はなにもない。
「あ、でも待ってください」わたしは気がついて声を上げる。「図書室って遊戯室とホールからじゃないと行けませんよね」
「二階の方は鍵が掛かってたからな」
「それじゃ、遊戯室とホールが同時に使われていた時間には誰にも犯行は不可能、ということになりませんか? 視線の密室ってやつで」
「残念ながらそうはならないと思いますよ」
「どうして?」
「台本の地図には書かれていませんでしたが、この館には隠し通路というものが存在するのです」
「あら、もうバラしてしまわれるのですか?」
 フミナさんが残念そうに言った。どうやらもっとセンセーショナルにその事実を明かしたかったらしい。
「隠し通路? つうとあれか? 壁に廊下が隠されてたりとか、棚が回転して裏に部屋があったりとか」
「その隠し通路ですよ。何年か前のオフ会で見つかって大騒ぎだったらしいです」
「誰の目にも触れずに図書室へ行く通路があるんですか?」
「二階の廊下に、ね。あと厨房には地下室への通路が」
「ワインセラーは地下室にあるんですよ」
 フミナさんが補足した。
 歪んだ館、というだけでも十分に好奇心を刺激する。それに加えて隠し部屋まであったとなると――これは、いてもたってもいられない。ミステリーの解決編を目の前にしているみたいにわたしは好奇心で胸が踊る。
「それでは後で改めてこの館を見て回りましょう。何か気がつくことがあるかもしれませんし」
 それからはミステリマニアの集まりらしく、フミナさんも加わってのミステリ談義。どの推理小説がアンフェアだとか、あの探偵が好きだとか、古典ミステリから新本格までの流れの中でトリックがどのように変容したか、とか。
 ボーン、ボーン、と遠くで時計の鳴く音が聞こえた。つられて携帯電話を開くとすでに午後九時を回っている。鍋の中いっぱいあった雑炊も片付けられ、酒類もあらかた飲み飽きたところだった。
「それではそろそろお開きになりますかね。……フミナさん、大丈夫ですか?」
「ん、はい。ふらふらします。あの、片付けは私がやるので、みなさんは館の探検でもしててください」
「いや、俺も手伝うよ」
「すみません。助かります」
 西くんが申し出る。この状態のフミナさんに任せるのはさすがに無理そうだ。フミナさんも素直に礼を言う。
「んふふ。ここは私たちも手伝うべきでしょうか」
「いや、出題者は私なんですから、私が一緒に推理したって仕方ないですよ」
「俺もパスかな。まだ飲み足りない」
「あんたまだ飲む気か」
 ゆーせいさんは真っ赤な顔で大笑いした。ぐい、とウィスキーの入ったグラスを傾ける。たった一人でボトルの半分くらいは開けているみたいだった。アルコールにかなりの耐性があるようだ。うらやましいとは思わないけれど。
「それじゃ私とまるさんの二人きりですか」
「嫌そうに言わないでくださいよ」
「とんでもない。誤解ですよ。ちゃんとエスコートしますから、ご安心ください」
 わたしは必死に戯けようとしたけれど、キョウさんと二人きり、という状況は隠し部屋以上に心躍る状況だと言える。そのことを想像して顔が熱くなるのが分かった。
「おいおい、私のことを忘れていないか?」
 今の今まで眠ったように動かなかった如月が、ここに来て突然椅子から立ち上がった。フミナさん以外の全員が一様に驚いて彼女の方を見た。死者が突然蘇った状況に似ている。わたしは午後六時のフミナさんの死体を思い出していた。
「それではお二人をご案内しましょうか。西君、本当に行かないのですか?」
「俺が残らなかったら誰が片付けるんだよ」
「ですから全員で片付けを――」
「いえ、私のことをお気になさらずに。西さんも、別に手伝いは――」
 三人の主張は平行線だった。キョウさんが諦めたみたいに苦笑して頷いた。
「それじゃ、お言葉に甘えて、私たちが一足先に推理合戦をさせていただきます」
「ああ、隠し部屋の話は後で聞かせてくれよ。でなきゃアンフェアだ」
「はいはい」
 わたしたち三人はダイニングホールを出て遊戯室経由で図書室に向かう。先頭がキョウさんで次がわたし。如月は少し離れて付いてきた。それほどこの館に興味のある様子ではなかったのだが。
「まずは図書室でしょう。現場ですし。何か証拠になるようなものが残っているかもしれません」
 実際の殺人事件とは違い、これはあくまでゲーム。証拠はわたしたちの目でも見つけられるようなものでなければならない。
 夜の図書室は真っ暗だった。先に入ったキョウさんが入り口付近の壁を手で探る。真っ暗で輪郭の見えない図書室はわたしの心の底にかすかな恐怖を呼び起こした。
「ありました」
 じりじりと小さな音を上げながら図書室の蛍光灯が順次点灯する。突然の明るさにわたしは目を細めた。
 書架の間を縫うように歩いて、キョウさんはわたしを殺人現場へと連れて行く。今もそこには赤黒い血糊が残っていた。
「フミナ嬢はここで殺されていました」
「そういえば、なんでこんなところに来たんでしょうね。犯人に呼び出されたのかな」
「さて。そこまで考えてもいいのでしょうか。私の記憶では――」
「『これからちょっと図書室に行ってきます』、『分かりました。殺されないように気をつけてください』『それは無理な相談ですわ』……だ。フミナは図書室へ行く目的を話していない」
 後ろにいた如月が突然言うものだから、わたしは思わず振り向いて一歩後じさる。如月は何かを探すように辺りにきょろきょろと視線を走らせている。もしかして何か証拠になるものを探しているのだろうか。
「素晴らしい記憶力ですね。んー、ですが動機面から犯人を推測するのは難しいのではないかと」
「どうもわたし、勝手が分からないんですよね。どこまでリアリティを追求してるのか。別に文句を言うつもりはないんですけど」
「動機は度外視してもいいんじゃないですかね。去年もそうでしたし。そもそも私たちミステリマニアはパズルのように物事を考え、真相を暴くことに愉悦を覚えるのです。犯人がどのような環境で育ちどんな思想を持ってどうして犯行に至ったのか、ということを考えるのは警察の仕事です。そんなものを解き明かしたところで何の愉しみもない」
 パズラーの考え方だ、とわたしは思った。如月なんかが聞いたらまた馬鹿にするんじゃないか、と思って彼女の顔を見ると、案の定彼の説明を聞きながら口元がにぃと動くのが分かった。
「本格推理小説って動機が軽視されがちですよね」
「一応ホワイダニットというジャンルもあるんですけどね。動機は第三者が論理的に推論できない、というのが大きいのではないかと思います。ミステリにおいて探偵役は作中の謎を推理によって解き明かします。このとき、探偵の推理した真相には唯一性がなければなりません。それ以外の真相が存在する余地があってはならないのです。ところが人間の心には今のところ確かな法則や規則性が発見されていないので、例えば犯人の動機を推理して、これだという唯一のものを導き出すのが非常に難しい。金銭のために人を殺す人間がいる一方、特に理由もなく通り魔的に人を殺す人間もいるのが現実社会ですから」
「それが社会派と本格派の違いですか?」
「私はそう思いますね。推論だけで唯一性のある真相を導けるかどうか」
 キョウさんが微笑んで答えた。わたしはミステリーに対してそれほど思想があるわけではなく、なんとなく面白いなあと思って読み続けているうちに詳しくなったクチだ。なるほど、これがミステリマニアというものか。
「それはそうと、遠隔装置のようなものを仕掛けるのは難しそうですね」
 フミナさんは書架で作られる通路の交差する場所に倒れていた。例えばこれが、書架の間とかならば、書架にナイフを発射する装置のようなものを仕掛けておけば、犯人はこの場に来ることなくフミナさんを罠にはめて殺害することも可能だろう。
「どうやら私を容疑者の圏内に入れたいようだね。少しでも容疑者の枠を広げておきたいという魂胆かい?」
「別に、そういうわけでは」如月の言葉にもキョウさんは動揺した様子は見せなかった。「ただ私は、真相を解き明かしたいと思っているだけですよ」
「くくくっ。真相、ねえ。私の大切な友人を騙そうとしているのかもしれないがね、これは推理ゲームと銘打ってはいるものの、実際は真相を解き明かすとかそういう遊びじゃないのさ。キョウは油断も隙もありゃしない。ククククッ!」
「え? それ、どういうこと?」
「ルールを忘れたのかい? 参加者五人のうち四人は犯人を当て真相を導き出すのが勝利条件だが、その中で犯人だけは、この期間中に逃げ切れば勝ちなのさ。だから無理に真相を推理する必要も現場を検める必要もなく、適当なことを言って他の参加者の推理をのらりくらりと躱すだけで良い。五人の中で不審な言動をする奴がいたらそいつが犯人なのさ」
「その考え方を卑怯とは言いませんよ。しかしあいにくわたしは犯人ではありません。んふふ。それに不審だというならあなただって不審だ。食事の最中ほとんど会話に参加しなかったのはなぜですか? 元々台本は小春坂嬢のために用意されたものですし、その代役のあなたに偶然犯人が回ってきたと想像することも可能です。それならば推理に参加しなかったのにもうなずける。ついさっき参加を要請されたこのゲーム、右も左も分からない以上、下手なことを言って勘繰られるよりは沈黙を守る方が得策と判断した――違いますか?」
「黙っていたのはキョウたちの話が退屈だったからさ。私は読書なんて低俗な趣味は持っていないからね」
「読書を低俗と切り捨てるあなたはどれほど高尚な人間なのか、機会があればじっくり教えていただきたいくらいですよ」
「何も私自身が高尚だとうそぶくつもりはないさ。相対的に、物差しの位置が低すぎるのが原因さ」
 紳士らしい上品な笑顔を浮かべるキョウさんと、作り物のような笑顔を顔に張り付かせている如月。わたしたちの間に嫌な空気が流れた。本人も少し遅れてそのことに気がついたのか、やれやれと肩を竦ませて如月に背中を向けた。
「フミナ嬢の命を奪ったナイフはこの館にあったものではない――と、少なくともそういう設定でした。ということは犯人が自前で用意したものということ。つまりこれは計画的な犯行です」
「そういえば図書室の二階に鍵が掛かってたって言ってましたよね。あれ、外側からは開かないんですか?」
 わたしが疑問をぶつけると、実際に二階のドアを見に行くことになった。
 しかしその鍵というのは粗末なもので、両開きのドアの取っ手に自転車盗用のチェーンロックを付けただけのものだった。
「これは、外部からの開閉は難しそうですね」
 ということは、犯人は一階から出入りしたということになる。
「そういえば隠し通路ってどこにあるんですか? それを使えば自由に好きな場所から出入り出来るんじゃないんですか?」
「図書館側からは開かない仕掛けになっています。実際にお見せしましょう」
 わたしたちは図書室を出て、ホールの階段から二階に上がった。ホールを見渡せる場所からすこし奥に行くと、壁に風景画が掛けられている場所がある。
「これを動かすんですよ」
 正方形の風景画の縁を反時計回りに少し動かすと、何かの機構がカチリとはまるような音がして、絵が扉のようにこちら側に開いた。まるで金庫の隠し場所のようだ。
 しかし中にあったのは金庫ではなくて機械を操作するためのパネルだった。電源らしきスイッチを入れ、ボタンを押すと、パネルの横の壁が音もなく開いた。
 人がひとり通れるくらいの狭い通路である。回転扉のように軸があるが、最大で九十度までしか動かないようになっている。誰も触れていないのに勝手に扉が開いたのは、何か動力で動かされているのではなくて、廊下そのものがこちら側に傾いているせいだろう。
 普段は扉をロックし、スイッチを入れたときにだけロックを解除するという非常に単純な仕掛けなのだろう、とわたしは推測した。
「この奥ですよ」
 狭くて暗い隠し通路を、キョウさんは体を横に倒してするすると奥に入っていった。わたしが少し躊躇していると、後ろから如月が
「行かないのかい?」
「……行くよ」
「くくくくっ。暗闇が苦手かい?」
「まさか」
「怖いのなら手を握っていてあげるよ」
「必要ないから」
 わたしが断ったのを無視して、後に続く如月はずっとわたしの手を握っていた。如月の指が烏賊の足みたいにわたしの指に絡まる。
 振り返ると、如月は相変わらず何を考えているのか分からない笑顔でわたしのことを見ていた。こちら側は暗闇だから、如月が見ているのはわたしの顔ではなくてただの闇なのかもしれないけれど。
 キョウさんに案内されて、暗い通路を三度曲がると光が見えた。見覚えのある場所だ。
 出ると、そこは図書室だった。来た道を振り返ると、本来その場所にあるはずの本棚が横に大きくずれている。床にはレールのようなものが弧を描いていた。
「本棚の下に車輪が付いていて、廊下の装置を操作するとこの本棚が動いて通路の出口を作るという仕掛けです」
「これ、どうやって元に戻すんですか?」
「廊下側のパネルを使わなければ戻せません。つまり、犯人はこの装置を使い、図書館の中に入り、フミナさんを殺害し、そしてまた同じ場所から出て行った――という可能性もあります」
「あるどころか、それ以外の可能性はないよ」
 後ろから如月。わたしはいつの間にか彼女の手を放していた。
「この隠し通路を使わなければ、図書室への出入りは遊戯室かホールを使うしかない。ところがキョウたちはホールを、私たちが遊戯室を占拠していたせいで図書室へ入ることが出来ない」
「え……っと、ちょっと待って」
「犯行時刻を午後二時以降と仮定し、それ以降のホールと遊戯室の使用状況を考えてみればいいのさ。
 まずはホール。二時から四時まで友成と西弓が、四時から五時まではキョウと友成、五時から六時はキョウと西弓が使っていたから、二時以降にホール側のドアから図書室に入ろうとすると誰かに目撃されてしまう」
「友成……?」
「ゆーせい氏のことですよ」
「そうでしたっけ」
 ゆーせいさんの本名をわたしは知っているのだが、一体誰から聞いたのか、思い出せなかった。
「次は遊戯室。二時から二時半までは私とキョウが使っているね。それから三十分開いて、三時からは私と私の親友がずっと遊戯室を占拠していたわけだ」
「誰が親友だ」
「しかるに、二時から六時の間に図書室へ出入りする機会は二時三十分から三時の三十分のみとなる」
「ですが、その三十分は」キョウさんが如月の話を先取りした。「全員にアリバイがある」
 わたしは全員の話を頭の中で整理して、タイムスケジュールを作る。視覚的にわかりやすいようなイメージで。二時半の全員の行動を思い出す。そして気がついて、わたしは思わずキョウさんの顔を見た。
 答えを言葉にしたのは如月だった。
「そうだよ。キョウ以外の四人全員にアリバイがある。くくくくっ」
 心底愉快そうに笑うのだ。
「キョウにしてみれば、この通路が使われていないということが証明されるのはあまり愉快なことじゃないだろうねえ。だってもしそうなら、ゲームの参加者五人の中で犯行が可能なのはたったひとりということになる。単純な消去法さ。それを避けるためにわざわざ隠し通路の存在を私たちに教えたんだろう?」
「……ええ。そういう打算がなかったと言えば、嘘になりますがね」
「そうまでして自分への疑いを晴らそうとするのは、何か理由があるんじゃないのかい?」
「あんたにはまだ言ってなかったと思うけど、実はこのゲーム、犯人を当てるときには全員の答えが一致していないと駄目なの。もちろん全員っていうのは犯人以外の四人のことだけど」
「ははん、なるほど。意見が割れるような不確かな推理では不十分だと、そういうことなんだね」
 探偵の推理した真相には唯一性がなければならない。このゲームにはそういう哲学があるのだ。
 だからキョウさんの視点に立ってこの状況を考えてみると、自分が犯人ではないかと疑われている中で真犯人を推理し、それを全員に納得させるのはとても難しい。犯人かもしれない人間の推理となれば無意識にフィルターが掛かり、根拠もなくそれが間違っていると思い込んでしまうことだってあるだろう。
 キョウさんが犯人役ではないと仮定すれば、の話だけれど。
 もちろん、キョウさんが犯人役だとしても、彼の行動は十分に説明可能だけれど。
「……納得していただけたかな。それでは、次に行きましょう」
「次?」
「今度は隠し部屋です。厨房の下に巨大なワインセラーがありましてね。ふふふ」
 こちらです、とキョウさんに手で促されて、わたしはそれに従う他はなかった。
 如月の意地悪を差し引いても、如月の言っていたキョウさん犯人説は無視できないものがある。わたし以外の四人のうちの誰かが犯人なのだから。
 そこまで考えて如月が犯人役である可能性を見落としていることに気がついた。キョウさんの言う通り、引っかき回して推理を妨害するということならばこいつが一番そうしているような気がするし、でもこいつの性格を考えれば例え犯人役でなくても同じことをするだろうし……。
 わたしたちは図書室の電灯を消し、遊戯室を経由して厨房に向かった。
 途中、浴室から出てくるフミナさんとばったり会った。
「どうも、これは。お加減は大丈夫ですか?」
「ええ、酔いはなんとか醒めましたわ。まだふらふらしますけど……。あ、お風呂が沸きましたので、よろしければお入りください」
 歪曲館では風呂もトイレもそれぞれ男女別のものが用意されている。大人数が同時に入ることを想定した作りになっていた。
「あと、それから」そのまま厨房に行こうとしたわたしたちを呼び止める。「夜中に台風が来るらしいですから、明日は外に出ないでくださいね」
「大丈夫なんですか? 土砂崩れとかで道が塞がったら……」
「そうなればますますミステリーツアーにおあつらえ向きになりますね。んふふふ。嵐の山荘で推理合戦、と」
 キョウさんはそう言って笑った。
 わたしたちは厨房に入る。キョウさんはひざまずいて、厨房の床に敷き詰められているタイルに目を走らせた。
「あった。これですよ」
 あるタイルのふちに指を引っかけると簡単に外れるようになっていた。
 中にあったのはまたもや金属のパネルで、トグルスイッチを倒して電源を入れ、隣にあったボタンを押すと、厨房の奥でガタンと何かが動く音がした。
「厨房の奥が食料庫になっているのですが、地下室への入り口はそちらに出てくるんです」
 突き当たりにある分厚い扉が食料庫なる部屋らしい。タイル(パネルの蓋)をキッチンテーブルの上に置いて、キョウさんが食料庫の扉を開けた。
 中は温度が低く、とても乾燥している。オレンジのライトに照らされて、金属の組み立て式の棚の上に食料の入ったダンボール箱が並んでいた。長期に保存できそうなものをここに置くのだろうか。
 地下室への入り口はすぐに分かった。食料庫の床の一部が跳ね上がって、骨組みだけの簡素な螺旋階段が奥に覗いていた。
「では降りてみましょう。傾いているので気をつけて」
 几帳面なことに歪曲館のポリシーは隠し階段にも適用されていた。階段そのものがピサの斜塔のように傾いている。ただでさえ暗く、狭く、おまけに一段下る度に階段そのものが大きく揺れるのだ。わたしは背筋に冷たいものが上がってゆくのを感じた。
 螺旋階段の軸を両手で掴んでこわごわと降りてゆく。地下室にはワインが首だけ出している木の棚が並んでいた。部屋にはほんのりと照明がついているようだったけれど、それは何の慰めにもならない。
 怖くなって後ろを振り返ると、如月はこれだけ不安定な階段でもまったく平気な様子だった。わたしのように必死に軸にしがみつくこともしない。こいつに人間らしい感情があるのか、という怒りでなんとか恐怖をごまかそうとするけれど、うまくいかない。
「あのう、大丈夫ですか? もしかして暗いところが苦手とか?」
 さっさと一番下まで降りているキョウさんが、まだ階上でもたついているわたしを見上げて言った。いや、暗いとかそういう問題じゃないだろう。あんたら人間じゃないよ、という文句を悲鳴と一緒にかろうじて喉の奥に引っ込めた。
 螺旋階段というものは軸を中心に階段が円を描くように並んでいる。軸が地面に対して垂直ならばいいのだが、これが傾いているとなるとこれは尋常ではない。おまけにこれは作りが非常に粗末で、階段の外側には手すりもないのだ。傾いている方向の段に乗っているときなんて、少しでも気を抜けばそのまま足を滑らせて階下に真っ逆さま、ということにもなりかねない。
 わたしはぶら下がるようなイメージで軸をしっかりと握り、冷や汗をかきながらゆっくりと降りる。
 最大の難所だと思われる場所を通過して気が緩んでいた。あと数段、というところまで来て、残りを一気に降りようと考えたのがまずかったのかもしれない。本来の階段の傾きに館自体の傾きが加わって、わたしの体は思った以上の加速がついていた。
「ちょ、っと――」
 体が止まらない。目の前にワインセラーが迫っていた。
 そのまま頭から突っ込むかという寸前まで行って、わたしの体がキョウさんに受け止められた。
「っととと。大丈夫ですか。ここ、傾いてる方向が悪くて、去年も転げ落ちそうになった人がいるんですよ」
 優しい声がわたしよりも頭一つ分高いところで響いた。
 わたしがキョウさんと密着している。
 そのことを意識して、階段を下りているときとは違う種類の緊張がわたしを襲う。どきん、と心拍数が跳ね上がった。ああ、キョウさん、格好良いなぁ。彼女いるのかなぁ、と腕の中でぼんやりと思った。
「くくくっ、良さそうな部屋だねえ。フミナさえ許可してくれるならここに住みたいくらいだよ」
 愉快そうに聞こえる声と表情を作って、如月が一番最後に降りてきた。わたしは思わずキョウさんの体から離れてしまった。
「フミナ嬢の許可を求めても仕方ありませんよ。ここはあくまで借りているだけ、持ち主は別の人間ですからね」
「そうかい」
 ワインセラーにはワインがぎっしりとならべられている、というわけでもなかった。棚には空いている場所が目立った。
「どうやら本来の持ち主はここの存在を知らないみたいでしてね。まあせっかく見つけたものだから、というので勝手に利用させてもらっているわけです」
 地下室の床には黒い砂利が敷き詰められていた。壁は黒っぽい煉瓦。ワインが納められている棚が四つほど入っていて、部屋全体はそれほど広くはない。わたしたち三人が入っただけでかなり息苦しく感じるほどだった。
 この地下室も他の部屋同様に壁がある方向に傾いている。窓もなく、壁も床も漆黒で、出入りは梯子みたいに粗末な螺旋階段だけ。そんな場所に二分もいると妙な気分になってくる。息苦しいような、自分の天地があやふやになるような――とにかく、わたしを不安定にさせる部屋だ。
「なんでこんなすごい仕掛けを作ったんでしょうね」
「さて、それは何とも。歪曲館は何度も持ち主が変わっていますから、ここを建てた最初の主人が何を目的としていたのかはもう分かりません。その際に設計図も失われていますので、もしかしたら他にも仕掛けがあるのかもしれません」
「あるだろうね」
 如月が確信を持っているみたいに言った。
「さて、見るべきものは見ました。これで犯人の可能性があるのは私だけではないことがご理解いただけたと思いますが」
 キョウさんは如月の方を見て苦笑いした。如月は涼しい顔をしてそれに応じる。
「上に戻りましょうか。どうもここは、心休まる場所とはいかないようなので」
 問題は、この階段をもう一度上らなければならない、ということだった。
 バベルの塔さながらにそびえ立つ螺旋階段を、初めて下から見上げる。神が少し手を触れただけで崩壊してしまいそうな危ういバランスの上に建っている、そんな気がした。
 さっきの恐怖が蘇って、再び手の平がべっとりと汗で湿った。


 なんとか地下室から地上に戻り、他のメンバーと合流しようとダイニングホールに向かった。
 琥珀色の液体が入ったグラスを片手にしたゆーせいさんと、チーズを肴にワイングラスを傾けているフミナさんが、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「よう。お帰り」
 日に焼けているせいで分かりにくいが、顔がほのかに赤くなっている。あれから飲み続けていたのだろう。
 フミナさんの方はかなり酔いが回っているらしい。わたしたちを見て幸せそうに微笑んだ。空になったワインボトルがテーブルに転がっていなければ、それは天使のような笑顔だった。
「西君は――」
 キョウさんが言いかけると、浴室の方から湯上がりの西くんが、タオルを首に巻いてやって来た。
「上がったぜ。風呂入りたい人は早めにどーぞ」
 ふう、と息を吐いて厨房の方へ。コップと牛乳を抱えて戻って来た。
「それではお言葉に甘えましょうか。先に入ってもよろしいですか?」
「うむ。俺はあれだ。ちょっと飲み過ぎた。今風呂に入ると多分死ぬ」
「死ね」
 容赦ない西くんの声。
「まるさんもどうぞお先に入ってくださーい。私も、今入ると、えーと」
「溺死しそうですね。分かりました、先にいただきます」
「うん。私、まるさん大好き」
 酔っぱらいは唐突だった。それを聞いてゆーせいさんが笑い出す。この人、酔ったフミナさんで遊ぶために飲ませたんだな、と何となく想像した。
 一度わたしの部屋に戻って着替えを取ってくる。なぜか如月も一緒に付いてきて、部屋からお風呂に向かう道中も同行する。
「……何? 先に入りたいの?」
「そうだね。一緒に入ろうか」
「お断りだ」
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