破滅の時間まで

第4話

 僕たちの事情には関わりなく、カウントダウンは毎日確実にその数を減らしていた。
 残り四日。
 今日も僕は、いつもより早起きをして家を出た。待ち合わせの場所では桐田さんが先に来て僕を待っていた。本日は恨めしいほどの晴天で、外で捜索活動をするのにはあまり向かない気温だった。
 まずは昨日の行動の結果を簡潔に報告し合う。自分が大した結果も出せなかったことを報告するのが嫌だったが、桐田さんの方でも、長谷崎寛の捜索はあまり芳しくなかったらしい。
 今日は土曜日だった。
 休日である。本当なら家でゆっくりと本でも読んで過ごしたいところだったが、今日の僕は伊美原の平和のために活動しなければならない。一体なんで僕が、という理不尽な思いを隠せなかった。
 とはいえ、あまり家にいたくないのも事実だった。家族の頭上に浮かんだカウントを見ると嫌でも四日後の不安がわき上がるし、それに今のところ何も言われていないけれど二日連続で学校をサボったという後ろめたさもあった。
 早朝にも関わらずテンションの変わらない桐田さんが言う。
「しばらくは宇宙船の修理に専念した方がいいだろう。長谷崎寛の消息を少し探ってみたが、見通しが立たない。愛人の家にも実家にも親戚の家にもいなかった。多分、誰にも教えていないセーフハウスがあるか、薬を抱えたまま県外に逃げたか、のどちらかだろう。前者の場合は探し出すのに時間が足りないし、後者の場合はそもそも四日後の件とは無関係であることが確定するので探す意味がない。というわけで、きみが助かる期待値の一番高そうな選択肢は宇宙船の修理だ。で、きみは昨日、宇宙船の修理に関してどの程度の活動を行ったのかな?」
「特に何も」
「おう! 素晴らしい! 素晴らしい余裕だ! 残り四日だというのにその余裕は尊敬に値する! ぎりぎりまで引きつけて一気に解決! 戦国時代の鉄砲武将さながらのハイリスクハイリターンな戦法じゃないか」
「うるさいなあ……」
 とは言っても、何の成果も上げられなかったのは事実なので耳が痛い。でもこの人は男子中学生の行動力をどの程度に見積もっているんだろう。過大評価だ、筋違いだ、理不尽だ、と様々な反論が頭に浮かんだけれど、僕は結局黙って桐田さんの罵倒と皮肉を甘んじて受け入れた。忍耐力には自信がある。忍耐すること自体は、大嫌いだけど。
「でも一応、部品のひとつは目星がついてるよ。『全波整流用双二極管』は西新木のでかい電気屋に行けば買えると思う。伊美原商店街の電気屋に行ったら、そこのおじさんがそう言ってたし」
「ではまずそちらに行こう。ローラチェーンは、伊美原の廃棄場を漁れば簡単に見つかるだろう」
「廃棄場?」
「古い発動機や工作機械などが一時的に保管されている。そこから適当に頂こう」
「勝手に持って行ってもいいの?」
「見つかったらすぐに逃げよう」
 駄目じゃん。というか、『伝動用ローラチェーン』こそ、どこかのホームセンターで売ってるような気がするのだが……。
「時間をかけて丹念に調べれば、売っている店も見つかるだろう。それに今の時代、インターネットで買い物をすれば大抵のものが手に入る。が、今は時間が重要だ。タイムリミットは四日だけど、四日間をフルに使うのはあまり上手くない。宇宙船の修理イベントはあくまで可能性のひとつに過ぎないのだから。もしかしたらあの宇宙人を空に帰したところでただの徒労に終わるかもしれない」
「やるせないな」
「あらかじめ防ぐ、というのはそういうことだよ。予防とか保険は役に立たない場合が大半だ。だから保険会社は儲かるし、子供は毎年予防接種を受ける」
「予防接種は違うだろ」
「私たちが死因を見る目を持っていない以上、ある程度の見当違いはやむを得まい。というわけで、私としては、宇宙船イベントはなるべく今日中にすべて片付けてしまいたいのだが、どうかな?」
 僕は桐田さんに同意した。僕は別に好き好んで桐田さんと行動を共にしているわけではない。この拘束が早く終わるというのならそれに越したことはないし。たまの休日くらい、家でぐずぐずと無為に過ごしていたかった。
 それから僕と桐田さんは最寄りの駅を目指した。駅三つ分ほど電車に揺られれば西新木市に到着する。歴史と人口はあっても金はない伊美原と違い、西新木は商業ビルと高層マンションが上に伸びていて、無秩序に横に拡大してきた伊美原とはベクトルがまるで違う。
「それにしても」電車の中で桐田さんが切り出した。「きみの能力は不思議だ。一体どういう原理で人の死を見ているんだろう」
「さあ……。死神に気に入られたのかも」
「あはは。それは良い答えだな。だがもしそうなら、その死神とやらはずいぶんと生ぬるい存在みたいだね。なにせ、死ぬのが決まっていても、人間の知恵と勇気で回避できるわけだから」
「まあ、そうだな。宇宙人が出てきて、この上死神まで出てきたらたまらない」
「一応私もいくつかの仮説を立てている。第一に、きみの能力が未来視によるものだという可能性。つまりきみは未来を見ることができて、その人が何日後に死ぬかを言い当てている。もちろんきみの意識の上では頭上に表示された白いアラビア数字という形で表現されているわけだけど。第二に、きみの能力が邪視によるものだという可能性。この場合、きみは数日後に死ぬ人間を見つけているのではなくて、きみの目が人間の頭上に数字を見つけるから、その人間が死ぬという可能性。つまり、死ぬのが先か、きみが数字を見るのが先か、ということだな。感覚的には死の方が先できみが数字を見るのが後である方がしっくりくるが、時系列順に整理するならきみの目が人の死の引き金になっている場合の方が筋が通る」
「……僕のせいかよ」
「あくまで好奇心による考察だということを断わっておく。まあ、今の私たちにとってはあまり実用的な思索じゃないね。きみの目と人の死、どちらが主でどちらが従なのかは分からないが、あらかじめ手を打てば死を回避できることが分かっているわけで。今のところはそれで十分だ」
「僕が見なくたって、人はいつか死ぬだろ」
「うん。それは真理だ」
 あはは、と桐田さんは他人事のように笑った。自分が死なないと確信しているみたいに。正義の味方はそれくらい自信過剰でなければ務まらないのだろうか。
「まあしかし、終わりのことばかりを気にしても仕方がないさ。遠くのものばかり見ていると目の前の段差に気がつかないからね」


***

 西新木駅で降りると、ホームのすぐそばに建っている巨大なマンションが目に入った。人々は足早に電車を降りると流れる水の如く淀みない足取りで改札口へ向かっている。僕と桐田さんもその流れに逆らわないようにして駅から外に出た。
 駅から出るバスに乗り、適当な場所で降りて西新木の電気街を目指す。中心部から少し外れた一角に、電化製品や部品を扱う店が窮屈そうに押し込められていた。歴史を感じる色合いの建物が建ち並び、比較的新しい西新木の中でその一角だけが色を失ってくすんで見える。
 薄暗くて狭い店内に、右から左に、下から上に、びっしりと金属の棚が並んでいる。引き出しには値段が書かれており、中には電子部品が乱雑に放り込まれていた。奥のカウンターでは髭の濃い馬面の店員が僕たちを無言で迎え入れた。桐田さんが『全波整流用双二極管』のありかを尋ねると、彼は店中の棚をしばらく探していたが、結局カウンターのすぐそばに目的の部品はあった。
 豆電球ほどの大きさの円筒形のガラスの中に灰色の部品が入っている。それに栓をする形で、一方の側から金属の足が出ていた。どの種類のものを買うのかしばらく迷ったが、特に指定はされていないので二本足のものを購入した。これがRPGのお使いイベントなら簡単すぎてクソゲーだと言われるところだ。
 西新木の電気街で『全波整流用双二極管』を手に入れた後、僕たちはすぐに伊美原にとんぼ返りした。
 引き返す電車の中で、僕と桐田さんは二人で横に並んで座った。いつぞやの、桐田さんと初めて会った日のことを思い出した。
「こうして横に並んで座ると、きみと初めて会った日のことを思い出すよ」
 桐田さんも同じことを考えていたらしい。少し不愉快だった。
「あの日きみから忠告されていなければ、私は今こうして電車に乗っていることもなかっただろう。もしそうなっていたらきみはたった一人で四日後の惨劇に挑まなければならなかったわけだ。運命というのは面白いね」
「おじさんは運命肯定派?」
「きみは運命なんて信じないという顔をしているね」
 彼の言うとおりだった。クラスメイトの女子が雑誌の占いコーナーを見てはしゃいでいる姿を馬鹿にしながら眺めていた。桐田さんは目を細めて頷く。
「この偶然には何か意味があるんじゃないか、この奇跡は誰かが私にメッセージを送っているんじゃないか――と、人が考える。その思考こそが運命の本質だ。つまりね、運命の主体は人に宿るのさ。それを運命だと感じる人間がいなければ、この世界に運命はない」
「宗教と同じだ」
「そうだね。信じる者は救われる、というけど、まさにその通りで……運命を信じられる人間は強い。宗教だって、友情だって同じだね。何かを信じられる人間は強い」
「そうかな。信じる者は、単に足を掬われて終わる者だと思うが」
 僕がそう言うと、桐田さんはしばらく声を殺して笑った。
「まあ、そういう場合もあるけどね。だけど、本当に信じてる人というのは、裏切られたことすらもひっくるめて、相手のことを信じられるものなんだよ」
「そこまでいくと呪いみたいだな」
「ノロイと書いて、マジナイと読む。薬が毒にもなれるのと同様、何かを信じるってのはそれだけ強い力になるということだ。時には人の心の支えとなるが、間が悪いと人の心を縛り付ける鎖になる。……おじさん、良いことを言っているだろう?」
「その台詞がなければな」
「あははっ。私はちゃんと自分を客観視できるからね。良いことを言った自覚もちゃんとあるのさ」
「胡散臭い」
「自分が何を信じて、何を信じていないのか、そのことはちゃんと認識しておくと良い。そうすれば妙な扇動家に騙されて金を取られることもなくなるだろうね。ふふふ」
「おじさんは宇宙人を信じてるわけだ」
「うん。今のところそれが一番もっともらしいからね。他にもっと信頼できそうな話があれば、私は喜んでそちらを信じるよ」
 それは信じているのではなくて保留しているだけなのではないかと、僕は思った。
 今日もあの川べりの原っぱでリュカさんは宇宙船の修理をしているのだろうか。教団の人たちはリュカさんのことを神様だと言って奉っていたけれど、あの人たちにしたって、リュカさんの話ではなくて彼女が神であるという自分たちが作り上げたストーリーを信じているだけだ。
 だとしたら、リュカさんのことを本当に信じている人は、実はどこにもいないんじゃないだろうか。まあ僕も信じていないのだけど、もし仮に、百歩どころか一万歩くらい譲って、リュカさんが本当に宇宙からの漂流者だとして――誰からも信じてもらえない今の状況は、きっと耐え難い孤独なのではないか。
 ……宇宙人にも孤独があるのだろうか。それもとリュカさんには、信じるに足る何かを持っていて、それが彼女の心を孤独から守っているのだろうか。と、僕はそんなくだらないことを考えた。
 孤独――そんなもの、僕だって持っている。
 今日は土曜日だから、電車の中には僕と同じくらいの世代の人もいる。スカートの短い女の子たちが、他の乗客の迷惑も顧みずに大声で話している。スポーツバッグを床に置いた男子が無言で並んで座っている。あの人たちの多くは人の死を意識することなく生きている。人はある日突然死んでしまうし、死んでしまった人は、病院関係者や葬儀屋の手によって、人工的な清潔さを保ったまま適切に処理される。
 僕は人が死ぬことで大げさに悲しむ人が苦手だった。悲しむことを強制されているみたいで嫌だったし、強制された薄っぺらな悲しみこそが死者への冒涜だと思った。
 僕は人の死を誰よりも正確に読み取ることができる。本人が感じる以上に。だけど僕はそこに運命――死のカウントに物語やメッセージを感じたことはないし、その死に悲しみを覚えることもない。
 なぜなら人はいつかは死んでしまうから。
 人は生まれた時点で死ぬことが決定されている。どんなにそのことから目を逸らしてもそれは変えられない。
 突然の死に嘆き悲しむ人たちを見ると、僕はその偽善に背筋がぞっとする。人が死ぬことから目を逸らして生きた人たちが、今さら死に対して何を思うのか。七日間ずっと死を見せつけられていた僕を、死に鈍感で不感症で不謹慎な人間だと、どの口が言えるのか。
「…………くそっ」
 ずっと昔、初めて死を見た女の子のことを思い出した。
 珍しいことに、僕の隣で桐田さんはずっと黙っていた。まるで幽霊のように。


***

 桐田さんの言うところの「廃棄場」は意外に近くにあった。僕の家がある建園を南へ進むと、田畑や空き地の数が増えてゆくと同時に、住宅地に混ざって小さな工場がちらほら目につくようになる。つまりそれだけ土地に空白があるということで、処分に時間と金のかかる廃棄処分予定の機械などを一時的に保管しておくような、そういう土地が存在する余地は十分にあるということだ。
 県道沿いにしばらく歩くと、やがて機械の放置された広い土地を見つけた。周囲には自動車の修理工場や、運送業者などが事務所を構えていた。軽工業の建物が多い印象がある。
 廃棄場には様々な機械が放置されていた。共通点と言えば「用途が分からない」くらいだろうか。冷蔵庫とか金属の棚とか、僕たちが日常的に目にする機械が含まれないところがリュカさんの集めていた廃材と違うところだ。
「近くにこんな場所があったのか……」
「子供の頃、近所を探検したりしなかったのかい?」
 桐田さんは機械の山にひょいと飛び乗ると、そのまま猿のように身軽に機械の上を移動した。スーツでそんなことをしていいのかとも思ったのだが、彼の身のこなしを見るとそんな心配は杞憂のようだ。
「昔、仲が良かった子と一緒に、町中駆け回ってたことがあった」
「今は?」
「レベルの会う同級生がいなくて」
 桐田さんは大声で笑った。
 しばらく機械の上を散歩したあと、『伝動用ローラチェーン』のある機械を見つけたのか、桐田さんは機械の山から華麗に飛び降りた。
 機械の山の中からひとつを掴み、引っ張り出す。かなりの重量があるようで、引き摺った後の地面に爪痕が残った。水色と黒色の外見の、何に使うのかさっぱり分からない機械だ。生産機械の一種だと思うのだが、これが生産システムの中でどの役割を果たしていたのか、見た目だけからら推測するのは難しそうだった。
「拓也くんは頭が良さそうだからね。色々と失望することもあるだろう」
「その言い方、馬鹿にしてるだろ」
「とんでもない! 尊重しているとも」
 嘘くさく言って、桐田さんはスーツの内ポケットからなぜかレンチを取り出して、機械の解体を始めた。僕がぼんやりと見ているうちに次々と外壁を外していく。あっという間に丸裸にされて、しかし目的の品は見つからなかったのか、無残にバラバラにされた機械を放置して、桐田さんは次の犠牲者を捜し始めた。
「きみもそこでぼんやりしていないで、探したらどうだい?」
「探すも何も、ローラチェーンってのがどこに使われてるものなのか分からないし……」
「私も分からん」と、なぜか自信満々に言う。「そこは勘で調べるんだ。自分の運命を信じろ」
 なんつー無責任な仕事だ。
 というか、桐田さんはいつもレンチを持ち歩いているのだろうか……。正義の味方とレンチは、どう捻って考えたところで結びつくとは思えないのだけど。
 僕が文句を言っても言わなくても、桐田さんの言うところの「運命」に何かの影響を与えられるとも思えない。仕方なく、桐田さんの指示に従い、捨てられた機械の山を掘り返すことにした。
 それにしても炎天下である。
 太陽の光はじりじりと僕の肌を焼いていた。会話が途切れ、ひたすら機械をひっぺ返すだけの単純な作業になると、今まで無視していた地面の熱、太陽の刺すような熱、僕自身の体温によって空気は熱くなり、熱熱熱、とにかく暑い。
 そういえば、もうそろそろ正午だ。太陽が、垂直に昇っていた。
 こんな真っ昼間だというのに時折そばの道路を人が通っているのが見える。自転車で走る小学生くらいの子や、犬を連れて歩く貴婦人に、軽くジョギングする大学生くらいの男など。横を通り過ぎる人たちが、一様に僕たちのことを見て怪訝な表情を作る。ものすごく恥ずかしかったけど、桐田さんは我関せずだし、僕だけが騒ぎ立てるのはもっと恥ずかしかったので、我慢してその恥辱を受け入れることにした。唇を噛んで作業を続ける。
 ――笑い声が聞こえて、さすがに無視するわけにはいかなかった。
 顔を上げると、歩道にクラスメイトの姿があった。男子四人組。水泳部だかバレー部だかのグループだった。今日は休日なので制服姿ではない。自転車を降りて、四人で僕の方を指差して嘲笑している。太陽の熱以外の何かが僕の頭蓋をカッと沸騰させた。
 笑い声。指を指して笑う。男子の一人がみんなに何かを言い、それを聞いてさらに爆笑。
 上から指を指して。
 僕はうつむく。ただ耐えた。暴風が過ぎ去るのを待つように。頭の熱は冷めそうになかったけれど、放熱されるまで、僕はひたすら待っていた。
 やがて笑い声も聞こえなくなった。彼らがどこかに行ってしまったのを確認してからも、僕はしばらくその場を動けなかった。
 この場に来たのが藤倉たちではなかったとしても、来週にはきっと奴らに知れ渡っていることだろう。そのことをネタに、また彼らの馬鹿な遊びに付き合わされるだろう。月曜日が憂鬱だ。四日後に伊美原が滅ぶのなら、こんな心配をしなくてもいいのだろうけど。
 僕は一体、何を守るためにこんなことをしているんだ……?
「ほう、あれはきみの同級生かな?」
 いつの間にか桐田さんが僕のそばに立っていた。何か言い返そうとして顔を上げたのに、何を言うつもりだったのか最初の言葉が出てこない。結局、僕が言葉を発する前に、桐田さんの方が先に口を開いた。
「何というか、かなり特殊な、その、あまり一般的ではない人気を、あの、持っているようだね」
 ものすごく遠回りな言い方だった。
 その表現は九十度の角度で照りつける太陽よりも不快だった。それに負けず劣らず不愉快な、眼鏡をかけたお節介な委員長の顔を一瞬だけ想起する。
「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「別に何も。ここで私が何か言ったら、きみは私の方に牙を向くだろう?」
「……ムカツクよ、そういうの」
「あはは」と桐田さんは笑う。その言葉ほどには豪快さがない、大根役者のような笑いである。「きみはプライドが高いからね、人に馬鹿にされるのはさぞかし苦痛だろう」
「勝手に決めつけるなよ」
「おや? きみには誇りがないのかな?」
 そういう言い方をされると、僕は否定もできなくなる。最初から逃げ道を塞ぐつもりでああ言ったのだと僕は悟る。
「……関係ないよ。あいつらただの馬鹿だから。馬鹿に馬鹿にされたって、別に気にしない」
「強がりかい?」
「どうして僕がおじさんに虚勢を張らないといけないんだ?」
「まさか。きみは私にどう思われようと一グラムも気にしないだろう。だけど、きみ自身はどうなのかな?」
「馬鹿は物の価値も分からないから馬鹿なんであって、馬鹿に馬鹿にされたからと言って腹が立つのは馬鹿を自分と同じレベルだと認めたことになるよ」
「ふふ。論理的にはそれで正しい。他人の視線に実体があるわけじゃないしね」
「それに、中学生のつける人の優劣なんか、何の意味もない」
「運動できる人間が頂点?」
「あとは、話が面白いやつとか」
「勉強ができる人間は?」
「根暗だって言われる」
「沢渡くんは勉強が得意そうだね」
「勉強は嫌いだ。あんなの、ただのクイズだよ」
「ふふふ。私が子供の頃と同じだね。子供は何一つ変わらない。小さな小さな閉じた世界で、絶望したり希望を持ったりしている」
 彼は遠い目をした。しかし他人である僕には、子供の頃の桐田さんの姿は想像を絶する。生まれたときにはすでにオールバックでスーツを着こなしていた、という妖怪のような過去である方が僕はまだ納得できる。
「きみは、彼女がいるとか、運動ができるとか、そういうやつが偉い人間なんだとは思わないんだろ? そういうことが馬鹿らしいと思ってるんだろう? だったら、馬鹿にされたって構うものか。馬鹿にされて怒るということは、彼らの言う、女にもてたり運動できる人間が偉いやつなんだと、きみ自身が認めたことになる」
「だから怒ってないって」
「だったらきみは一体何を我慢していたんだ?」
 桐田さんの手が僕に伸びた。音速よりもずっと遅かったのに、僕はその手を避けることができなかった。桐田さんの手が僕の手首を掴む。
「……くそっ」
 僕の手のひらに血が滲んでいた。さっきから、僕も意識しないうちに強く拳を握りしめていたせいで、手のひらに爪が食い込んでいたようだ。
 桐田さんの目が僕を見つめていた。突然こいつを殴りたい衝動に駆られたが、自分に人を殴る度胸があるのか疑わしくなって、僕の中の衝動はあっという間に萎えてしまう。言葉だけが浮かんでは消えていく。
 何も言えなかった。蝉の声と太陽の熱だけを感じていた。顔を上げると、桐田さんは僕のことなど放っておいて、自分の仕事の続きを始めていた。ただ黙って突っ立っていることに耐えられなくて、僕も桐田さんの態度に倣うことにした。
 体は自動的に動く。機械的に機械を選別してゆく。
 その裏で、僕は考えていた。
 ぐるぐると同じ場所を回る。
 結局……何なんだろう。僕は一体何がしたいのか、僕は何に腹を立てているのか。
 いや、そもそも僕は、腹を立てているのか。仮に、ものすごく不愉快で嫌悪すべき仮定だけど、もし仮に、僕があいつらに、学校の奴らに腹を立てているとして、あいつらの無礼な振る舞いに怒りを覚えていたとして、僕がそれを認めてしまえば、僕は――。
 考えないようにしようと心に誓った。
 だけどそれは、亀裂の入ったダムのようなもので、ほんの小さなかすり傷だとしても、その怪我はすべての構造を崩壊させて、傷を拡大生産する。だとしたら、ダムに亀裂を入れたのはあの男だ。僕がずっと平穏に、安寧に生きていた数年を、あ、あいつが、あの男が、全部めちゃくちゃにしやがって。畜生、畜生、
 最悪だ。
 世界なんて滅んでしまえばいいのに。
「あはは! 見つけた! これだよ。二つ目の課題はこれでクリアーだ。『電動式ロードローラー』」
「『伝動用ローラチェーン』な」
 そんな些細な誤謬はお構いなしに、桐田さんは勇ましくその手に黒色の複雑に繋がったチェーンを掲げて見せた。


***

 時間は午後一時を回っていたが、食事もせずに炎天下の中で非生産的な作業を続けていたせいで、僕の体力はもはや限界だった。僕より遥かに多く働いていたはずの桐田さんはけろりとした顔をしていたが。しかも上下黒のスーツなのに。ここまで来ると妖怪ではなくて幽霊のような感じさえする。
 伊美原商店街のうどん屋で昼食を済ませた。「辰仁屋」という名前の店で、店長らしき浅黒い肌の中年と、その妻らしきたれ目の女性の二人だけが従業員だった。二人の頭上には「4」の文字。昼時から少しずれているとはいえ、休日にもかかわらず客の数は非常に少なかった。
 いつだったか母さんが朝食の席で伊美原商店街の不景気を話題にしていたけれど、こうして自分の目でそれを確認すると、この入り組んだ商店街が時代に取り残された廃墟のように思えてくる。確かにまあ、見た目は汚いし、狭いし。少し先に行けば巨大で奇麗なショッピングモールがあるから、一般的な感性を持った人間はそちらの方へ行くだろう。たとえうどんの味が同じだったとしても。
 桐田さんはざるそばを注文した。僕がうどんの熱さに辟易している間にするすると食べ終えてしまう。食後のお茶を楽しみながら、カウンターの上に置かれたテレビの画面を楽しそうに見ていた。
「ごちそうさまでした」
「会計は私が持とう」
「……ごちそうさま」
「ふふふ、礼の一つも言ってくれるなら、奢る甲斐があるというものだ」
「正義の味方にしちゃあ、小さな報酬だ」
「たとえ誰に感謝されなくても、私は正義の味方だろうね」他人事のように言って、桐田さんは席を立った。「先に出ていてくれ。走る準備を」
「は?」
 と聞き返したときには、桐田さんは伝票を掴んで立ち上がっていた。あれは桐田さんなりのジョークで、センスのなさが災いして意味不明になってしまったのだと僕は解釈した。
 戸を開けて外に出る。太陽の光が眩しい。
 ――そんな必要はないと思うが、一応シューズの靴紐を確認して、僕は足のストレッチをした。一応、まあ念のため、万が一にも、走らなければならないときには走り出せるように、僕は身構える。
 そういえば、宇宙船の部品の中に『麺切包丁』があったような……。
 麺。
 うどんは麺である。
 そばも麺である。
 当たり前のことが、今は恐ろしかった。
 あははははは、冗談キツイなあ。
 ところであの人はまだ会計が終わらないのかな。
「コラッ!」
 どすの聞いた男の声。うどん屋の店長の声だった。と同時に戸が開いて桐田さんが道に飛び出してくる。桐田さんは幅の広い長方形の包丁を抜き身で持っていた。桐田さんが何に追われているのかを確認する前に僕も走り出していた。
 全速力。すぐに息があがる。
 正義の味方の足は異常に速かった。あっという間に抜かされて、僕は彼の背中を追いかけるはめになった。桐田さんが手に持っているのは幅の広い銀色の麺切包丁。
 こうして僕たちは三つめの部品『麺切包丁』を手に入れたのだが、その代償として、昼食後の全力疾走は僕のお腹に激痛をもたらしたのであった。めでたくはない。


***

 僕は肩で息をしながら桐田さんの後ろを歩いていた。
「うふふふ。これぐらいで息が上がるなんて、運動不足なんじゃないかい?」
「う……運動不足とか……そんなんどうでもいいだろ……」喋ると胸が詰まる。何度か深呼吸して、心臓が元のペースを取り戻した。「正義の味方が泥棒みたいな真似を――」
「それは違うな。泥棒みたいな真似ではなくて、泥棒行為そのものだ」
「駄目じゃん」
「一応交渉はしたのだよ。しかしあの頑固者の主人と来たら、今は営業中だからやれん、包丁が欲しいのなら自分で買えとのたまった」
「正論だね」
「そんな次第だから、少々無理をして拝借させていただいた」
 悪びれもせず、平然としていた。片手で包丁をくるくると回して弄んでいる。正義の味方、の正義とは一体何を指しているのか、一度とことん問い詰めてみたかった。
 僕は嘆息する。もう、ぐちゃぐちゃだ。一体どうなってしまったんだ、世界は。世界じゃなくて、どうかしてしまったのは僕の周囲の極めて狭い範囲だけかもしれないけどさ。いじけたように、僕は道の隅を歩いた。うどん屋の親父は僕の顔を覚えているだろうか。伊美原商店街は通学路なのに、来週からはあそこを歩けないじゃないか。
「……四日後にみんな死ぬんなら、そんなこと気にしなくて良いけどさ」
 四日後の死を未然に食い止めてから、僕がのほほんと学校に通おうとして、その途中でうどん屋の親父に捕まって、警察に突き出されたら……と、果てしなくマイナス方向の想像を働かせて、僕は自虐的な快楽に浸っていた。僕個人の未来を考えるなら、四日後にみんなが死んだ方が幸せなのかもしれない。藤倉たちだって四日後には死んでいなくなるんだし。
 ただしその選択肢は、僕が死ぬかもしれないというリスクを内包していて、とても選ぶ気にはなれないのだけど。
 伊美原商店街から必死に走った僕たちは、気がつけば建園のあたりまで来ていた。窮屈で古くさい景色から、人工的な緑と整備された灰色に景色が変わっていた。すれ違う人たちは一様にぎょっとした表情で、包丁を抜き身で持ち歩いている桐田さんのことを見た。
 土曜日ということもあって、近所の子供たちが道路でボールを投げて遊んでいる。住宅地の中には広い道路が碁盤の目に走っていたが、車の通行はほとんどなかった。
「それで、次は? 何だっけ?」
「『アルミフィルムラミネート耐熱不織布』……建造物や乗り物の基材に使うものだ。ふむ。どこかの家に使われてるのを無理やり剥がしてくるか」
「止めてください」
「冗談だよ」
 うどん屋から包丁を強奪した男とは思えないお言葉だった。
 建設的な意見が出ないまま、伊達と酔狂をぶら下げつつ僕らは歩く。ちょうどそのとき、僕らは中央公園のそばを通り過ぎた。
 地元住民は中央公園と呼んでいるが、もしかしたら正式名称があるのかもしれない。地価のことなど念頭にないお役所仕事のおかげで、野球ができそうなほどの広さの土地にイベントを行うためのスペースと体育館が入っていた。来週の夏祭りが行われる予定の場所でもある。
「ん? んんん?」
 桐田さんが変な声を上げた。喉に梅干しの種を詰まらせたみたいな声だったが、まさか神様がいるわけではないし、この男に天罰が下ったということはあり得ないだろう。
 桐田さんは足を止める。じっと公園の方を見ていた。
「どうしたの?」
「あれが気になってね……」
 その指示語が示していたのは、公園の隅に居を構えていたホームレスの一団だった。青いシートで作られたテントが、公園の端に沿うように一列に並んでいる。公園の中には年配の男の姿が何人か見えたが、もしかしたらあの家の住人たちなのかもしれない。
 ここからは距離があるとはいえ、人の家をじろじろと見るのはあまり感心しない。僕は別に博愛主義者でもないし平等主義者でもないが、下手に彼らに関わって、トラブルに巻き込まれるのは勘弁して欲しい。そういった事件の噂を、僕は過去に何度か耳にしたことがあった。
 桐田さんは半ば強引に僕へ包丁を押しつけると公園に向かってずんずんと歩いてゆく。
「ちょ、ちょっと!」
「まあまあ」
 返事になっていない。
 桐田さんは青いシートが並んでいるところに沿って歩いた。もし中から誰かが出てきたらそれが何かのトラブルの種になるんじゃないかと、後ろを歩いている僕は薄氷を踏む思いだった。そして今回の場合、種を蒔くのはホームレスの人たちではなく自称正義の味方桐田夏雄の方なのである。うどん屋の親父の怒鳴り声が頭の中でリピートした。
「お、おおお?」
 桐田さんが一足で駆け寄る。僕が一瞬桐田さんの姿を見失うほどの素早い身のこなしだった。桐田さんがテントのひとつをまじましと観察しているのを見て、僕も慌てて彼に近寄った。
 公園に並んだテントのほとんどは青いシートによって雨風をしのいでいたのだが、そのテントの屋根だけは金属質の銀色だった。桐田さんでなくともこのテントには注意を引かれるものがある。
 桐田さんは銀色のテントにそっと指を触れると、じっくりと確かめるように指でなぞった。勝手に触って怒られないだろうかと僕が緊張していると、桐田さんは「これだ」と僕に囁いた。
「な、何が?」
「この銀色のシートがきみの目には一体どのように映っているのだろう」
「銀色に映ってるけど」
「これが噂の『アルミフィルムラミネート耐熱不織布』だよ」桐田さんはにやりと笑う。「すごい偶然だ。これは私ですら運命を信じたくなるね。私たちはたまたま昼食にうどんを食べることにし、たまたま客の姿がなかったので私は麺切包丁を盗むことを思いつき、店の主人から逃げてたまたまこの場所に来て、そこにたまたま目的の部品を見つけた……。ここまで来ると誰かの意志を疑ってみたくなるが、では一体誰の意志だ? この星か? それともあの宇宙人か? 宇宙の意志が、あの子を空に返そうとしているのか?」
 もしくはただの偶然か、と桐田さんは演説を締めくくった。
 でも、確かに目的の品は見つかったわけだけど、これからどうするんだろ。まさか、無理やり奪うのでは……。
 桐田さんが銀色のシートを掴んだところでテントの中から人が出てきた。僕は心臓が飛び出るかと思った。というのは少しオーバーな表現だったが、少なくとも冷や汗が出て僕は一瞬で色を失った。
 ニット帽を被った、背の低い四十代ほどの男だった。四十代に見えるというだけで実際にはもっと若いかもしれない。痩せ形で、頬の肉が薄く、日に焼けた浅黒い肌のせいで骸骨のようにも見える。頭上ではすでにカウントが始まっていた。
 男は僕たち二人のことを敵意のこもった眼差しで二秒ほど観察した。僕が手にぶら下げている包丁に視線が停止した。最初に話を切り出したのは桐田さんだった。
「ここはあなたの家かい?」
「ああ」
 無愛想に返事をする。警戒心が滲み出ていたが、桐田さんはそれに臆することなく表情を緩めた。
「それは良かった。このテントの持ち主を捜していたんだ」
「俺に何か用か?」
「この銀色のシートを譲って頂こう」
「断わる」
 ぴしゃりと言い放った。そのままテントの中に戻ろうとするのを桐田さんが素早く引き止めた。にゅっと伸ばした手が、蛇のように男の腕に絡みついていた。男はぎょっとなって、及び腰で桐田さんの方を見る。桐田さんはずずいっと顔を近づけてなおも交渉を迫る。
「うふふ。そう無下に断わることもないじゃないか。何せこの取引には伊美原、ひいては人類、もしかしたら地球全体の命運が掛かっているかもしれないのだよ」
「は、はあ?」
「星の意志を感じたまえ。運命は私に、このテントを手に入れよと囁いている。その流れに逆らったところで、あなたはいずれこれを手放さざるを得なくなるのだ。だとしたらその前に高値を付けて売り払うのが賢い選択だ。そう思わんかね?」
「あんた、この人の連れだろ? こいつ大丈夫なのか?」
 テントの外で突っ立っている僕に向かって男が言った。「いえ、その人はもう駄目です」と言いたかったが、言ったら本格的に駄目になりそうだったので控えておいた。
 騒ぎを聞きつけて他のテントの住人もやって来る。テントの入り口で押し問答を続ける桐田さんたちと、そこから少し離れた位置にいる僕を、遠巻きに眺める形でぐるりと囲っていた。桐田さんはもちろん、包丁を持っている僕の方にも注目が集まっていた。さすがにこうも囲まれると、無理やりテントを奪うというわけにもいかなくなるだろう。
 そのとき、遠巻きに見守るだけだったホームレスの集団から一人の男が歩み出た。クリーム色の厚手のジャケットを着た頑強な男だった。僕の前を通り過ぎてテントの前に立つ。近くで見ると、ジャケットやベルトや革靴の高級感にますます戸惑った。公園のテントで寝泊まりをしている人間にしては妙に金が掛かっているように見える。この男もやはりカウントダウンが始まっていた。カウントは同じく「4」である。
 高級感の男がテントの男に話しかけた。
「明瀬さん、どうしました? 何か揉め事ですか?」
「ああ……いや、大丈夫だ。まだお前の出番じゃない」
「そうですか」
 男はそっけなく答えたが、桐田さんをじろりとねめつける。ただのチンピラならそれだけで追い払えそうな威圧感だった。さすがの桐田さんも、口元に笑みを浮かべてオーバーに肩をすくませる。
「とにかく」明瀬と呼ばれた男は言った。「これは俺の家だ。俺の生活の場所だ。こればかりはいくら金を積まれても売れん。まあ、金額次第によっちゃあ考えてもいいが。あれだけ演説をぶったってことは、それ相応の額は出せるんだろうな?」
「あいにくと正義の味方は非営利なのだ」
「はあ?」
「人並みの持ち合わせはあるが、あなたに吹っかけられるほど裕福というわけではない」
「だったら話にならん。出て行ってくれ」
 明瀬さんは手で追い払うジェスチャーを桐田さんに向けた。
 なおもしつこく食い下がろうとしたところで、ホームレスの一団にどよめきが走った。僕が何かしたのではないかと肝を冷やして周りを見たが、どうやら彼らに衝撃を与えたのは僕たちのことではなかった。
 モーセが歩いて来たみたいに、人だかりが二つに割れる。公園の入り口から柄の悪そうな男が三人歩いて来たのが見えた。みんなの動揺と緊張はあの人たちに由来するものだった。
 男たちは二つに割れた人垣の道を悠々と歩いてきた。先頭を歩くひょろ長い男が笑い出す。彼らが見ていたのは高級感の男だった。彼らのカウントダウンもすでに数字を刻み始めている。
「おいおい長谷崎くーん、探したんだよー? こんなところにいたんだねえ。道理で見つからないわけだ」
「長谷崎?」
 思わず僕が口にすると、高級感の男がぎょっとして僕のことを見た。僕は慌てて口をつむぐ。
「へへへ。そんじゃ、行こうか。あんまり手荒な真似はしたくないんでね」周りを取り囲むホームレスたちに一礼する。「どうもどうも、長谷崎くんがお世話になりました。みなさんにはこれ以上、ご迷惑をおかけしませんから」
 しかし長谷崎と呼ばれた男はゆるゆると首を振った。
「俺は、戻らん」
「わかんねえ野郎だな。来るとか来ねえとかそういう問題じゃねえんだよ。カシラが怒ってんだ。てめえの首へし折ってでも連れてくんだよ、俺たちゃ……お前も知ってるだろうが」
 ひょろ長い男の脇を固めている二人が破顔した。この広い公園で、笑っているのは彼ら三人だけだった。
「組を辞めてえなら差し出すものがあるはずだ。それをお前、筋も通さずに、挙句に組のものに手を着けて雲隠れなんざ、切り刻まれたって文句は言えねェ。悪く思うなよ」
 長谷崎さんはうなだれていた。さっきまであったエネルギーを失い、まるで罪人のように消沈してしまった。三人の元へ歩き出そうとしたところを、テントの中にいた明瀬というホームレスが腕を掴んだ。
「待て。行くことはねえ」
「すみません。これ以上ご迷惑は」
 掴んだ腕を優しく解いた。明瀬さんもそれ以上引き止めたりはしなかった。事態を見守っている誰もが長谷崎さんに同情的だったが、誰も手を出せなかった。――空気の読めないたった一人を除いて。
「あははは! 待ちたまえ!」
 と大声を上げてヤクザ三人組の前に立ちはだかる。僕は頭を抱えた。格好を付けているつもりかもしれないがこれではただの馬鹿にしか見えない。馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿。あまりに馬鹿すぎて僕は背筋が震えるのを感じた。
 呆気に取られた三人を置き去りにして、桐田さんの舌がせせこましく働く。
「部外者の私から確認だ。つまりきみたち三人は指定暴力団山内組の団員でありこちらの連れ去られようとしている男の名前が長谷崎寛、組の薬に手を着けた挙句に姿を消した大馬鹿者というわけだ! まさかその長谷崎某をこんなところで見つけるとは思わなかった。何せ実家愛人隠れ家一通り当たったところで影も形も見えなかったのに、それはそうだろうねえまさかこんな近場に隠れているとは思わないし、長谷崎某とこの公園に何か繋がりがあるわけではないし、正義の味方といえど体一つの私には見つけられないはずだ。しかし私は今こうして答えに辿り着いた! あはは、エクセレントだ、役者は舞台に揃いとうとう大詰めというわけだ。腕が鳴る、腕が鳴る」
「は、はあ……? あんた誰だ?」
「これはこれは、名乗るのが遅れました」
 桐田さんはわざとらしい大げさな身振りで礼をした。まるで舞台俳優のように。礼をされた三人組の方が固まっていた。行き着くところまで行ってしまった正体不明の馬鹿は、もはや狂気の域に達している。少なくとも、部外者からはそう見えるだろう。
「私は桐田夏雄。正義の味方」
「あ、ああ? ん……? はあ?」
「この街のため、人々の笑顔のため、明日のため希望のため我が心の平和のため、私はこの男をあなた方に引き渡すわけにはいかない」
「よく分からんが……つまり、長谷崎を庇う、ってわけか?」
「そうだ」
「ん。よく分かった」ひょろ長い男から笑顔が消える。「分かりやすい方が好きだぜ、俺は」
 何も言わなくても、両サイドの男が動いていた。暴力団の持つ最後の力はやはり暴力。いかな演説を回したところでこの強制力には逆らえない。
 しかしそれを、桐田さんは「馬鹿な選択だ」とにべもなく評した。
 男は、桐田さんを両方から挟む形で動いた。二人は威圧するように睨む。大抵の相手ならば、それで片が付くだろう。ヤクザの常套手段である。
 しかし桐田さんはそんな様式美に付き合ってやるほどロマンチストでなければ空気も読めなかった。
 桐田さんの体が沈む。両足を緩く開き、重心を中央に固定。
 桐田さんの腕が走る。パン! と乾いた音がして、下から伸びた鞭のようにしなった腕が、右側の男の顔面を叩いていた。威力の小さいただのジャブである。
 それと同時に左側の男が桐田さんの腹部に拳を打ち込もうとした。桐田さんは片足を滑らせて半身を引き、そのボディーブローをあっさりと回避する。と同時に、相手の腕が伸びきったところで、その腕を両手で取り、一気に踏み込むと、その下をくぐり抜けるようにして相手の体を投げ飛ばした。相手が地面に叩き付けられると同時に喉元に鋭い蹴りを放った。
 左側の男を投げた直後、今度は最初にジャブを当てた右側の男の膝を上から蹴った。男の体勢が崩れたところで掌底を顎に打ち込み、のけぞったのを襟首を掴んで強引に引き寄せると肘を打ち込んだ。
 一瞬の出来事だった。桐田さんが二人に分身して、それぞれが相手を倒したのかと思った。
 桐田さんは何てこともない風を装ってひょろ長い男に近づいた。ひょろ長い男は表情が固い。しかし桐田さんはその男には手を出さなかった。ひょろ長い男は及び腰に桐田さんを罵る。
「お前、こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」
「うふふふ。何かくれるのならそっくりそのままきみたちに返してあげるよ。利子を付けてね」
「ザケんなオラ! 舐めてンのかコラ!」
 男も意地だったのだろう、大声を出して桐田さんに掴みかかった。大声は自分の勇気を鼓舞するためか。だけどそんな付け焼き刃は正義の味方には通用しない。桐田さんはあっさりと男の手首を掴み、それを大きく回すと相手の腕を極め、そのまま背後から押し込んで男を地面に倒してしまった。
「いあだだだだだ!」
「騒ぐな。折るぞ」
 その恫喝は傍観していた僕ですらぞっとするほどの迫力がこもっていた。静かであることが逆に恐怖だった。
「どうだ、怖いだろう。私のようなものがいるとは思わなかっただろう。私はきみたちの想像力の外にいる存在だ、そんなものと出会ってしまった己の不運を呪うがいい。きみの小さな頭脳で良く考えてみることだ……私のような存在にもう一度立ち向かうか、悪事から足を洗ってこの街から出て行くか」
 男がいっそう強くうめき声を上げる。桐田さんは少しずつ、極めている関節に力を込めているようだ。
「私がきみを殺さないのはそれができないからではなく、単なる気まぐれだ。うふふ、正義の味方が敵を皆殺しにするのも格好悪いからね。しかし私は正義を愛するが博愛主義者ではない。自ら私の前に出て、殺してくださいと言っているような者を助ける理由はない」
 桐田さんは手を離した。開放された男は慌てて走り出す。先ほど桐田さんに倒された二人も、先に逃げ出した兄貴分を追って公園を出て行った。
「さて……」誰に言うわけでもなく、僕は呟く。「――『役者は舞台に揃いとうとう大詰め』、乞うご期待ください、ってか」
 僕の予想を越えて進んでいく僕の物語に、僕自身が置いて行かれそうになっていた。


***

 『アルミフィルムラミネート耐熱不織布』のテントの中で、僕と桐田さん、それに長谷崎さんと、テントの持ち主である明瀬さんが座っている。
 長谷崎さんが低い声で桐田さんに言った。
「助けて貰ったことに対しては礼を言うが……。あいつらがこれで引き下がるわけがない。明日にでも兵隊を連れて戻ってくるぞ」
「だろうね」
「すみません、明瀬さん。色々と良くしてもらったのに……。今日中にここを出て行きます。あいつらには、自分がここを出たことを、ちゃんと説明してください」
「待ちなさい、それは困る」桐田さんが長谷崎さんを遮る。「きみはこの街の火種だ。ひとりでふらふらとどこぞへ行ってもらっては困る」
「火種?」
「下手をすれば四日後にこの伊美原が滅びる。私はそれを防ぎに来た」
 ちょっと待ってくれ、と明瀬さんが手を挙げた。
「そうは言っても、ヤクザが大挙してここに乗り込んでくるのは困る。そりゃ、長谷崎くんのことは気の毒に思うけど、俺たちにはできることとできないことがある」
「その点に関しては心配ない。悪者は全員私が駆除する予定だ」
「それが信用できないって言ってるんだ。あんた怪しすぎるしな」
「山内組をあまり舐めない方がいい。地方の小さな組だが……伊美原を何十年も仕切ってきたんだ。下手をすれば鉄砲も出る」
 長谷崎さんも同調する。元山内組というだけあって、説得力は十分だった。
「あの……」
 僕は恐る恐る口を開く。ただの中学生が口を利いて怒鳴られたりしないかと不安だったけど、意外にも長谷崎さんは僕の次の言葉を待ってくれていた。
「ちょっと質問なんですけど、あの、長谷崎さんは、どうして山内組から追われることになったんですか?」
「そうそう、私もそれを訊きたかったんだ」
 長谷崎さんは言い淀んだ。それから少しの間沈黙を続けてから、意を決して話し始めた。
「一週間くらい前に、うちに許可を取らず勝手に商売しようとしていたやつを見つけた。そいつは運び屋で、違法なものを日本に密輸する仕事を請け負っていたんだが、捕まえてちょっと脅したらすぐにブツの場所を吐いた。で、そいつを見逃す代わりにそのブツを徴収したわけだが」
「そのブツが、麻薬?」
「ああ」僕が言うと、長谷崎さんは頷いた。「大きな銀色のジュラルミンケースにいっぱい、白い粉が入っていた。多分麻薬だろう。コカインかマリファナか覚醒剤か、ゆっくり調べる時間は無かったが……。とにかく、俺はブツを押さえて、すぐに組に戻らなければいけなかった」
「しかしきみは、組には戻らなかった」
 桐田さんの言葉に長谷崎さんが無言で首肯する。
「ジュラルミンケースは俺が一人で組に運ぶことになった。つまりまあ、それだけ俺が信頼されてるってことだったんだが。正直言って、俺は自分の仕事に嫌気が差していた。確かに信頼されてるってのは悪い気分じゃないが、それに応えてばかりいるのもいい加減疲れてくるもんだ。なんていうか、信頼されるってのが、あいつらにとって都合の良い押しつけに感じられたんだ」
「その気持ちは分かります」
 僕が同意すると長谷崎さんは薄く笑った。ただし僕と長谷崎さんの信頼に対する立ち位置は真逆と言えた。人から信頼されている長谷崎さんと、人が人を信頼している姿を見ているだけの僕と。当事者と、部外者の違い。
「とにかく俺は、そんな風なことを考えながら山内組の屋敷に戻ろうとしていた。ちょうど川の堤防沿いの道を歩いていたときだった。俺は女神に会った」
「は?」
 僕はぽかんと口を開けた。どうひいき目に見ても強面である長谷崎さんの口から出たとは思えない文学的で比喩的な表現だった。口を開けたついでに「大丈夫ですか?」と質問したかったが、目を輝かせる彼の顔を見るとそんな言葉も亜空の彼方に消えてしまったのである。
 噛みしめるように、長谷崎さんは続ける。
「あれは……あれは、素晴らしい女性だった。あんなに素晴らしい、神秘的な存在に出会ったのは、あれが初めてだった。あの人は自分は宇宙人だと名乗った。俺はもうそれだけで、あの人に心酔してしまった」
「運命、ってやつですか?」
「ちょっと堅いな。一目惚れ、ってところかな。とにかく、俺が今まで悩んできたこととか、毎日やらされてたくだらないことがすごい勢いでどうでもよくなっていった。だって宇宙人だぜ? そりゃあもう大笑いするしかない。宇宙規模で考えたら、俺の存在なんて小せえ小せえ、ってね。そんなわけで、俺は吹っ切れて組には戻らないことにした。あの人がジュラルミンケースが欲しいと言ったからそれもくれてやった。それで、当てもなくふらふらと彷徨っていたら、この公園で不良に絡まれている明瀬さんを見つけて助けた」
「話を聞くと行く当てもないっていうから、助けてもらった恩もあるし、俺たちでしばらくここに泊めてやることにしたんだ」
 明瀬さんが言葉を引き継いだ。長谷崎さんはここで用心棒のような役割を果たしていたのだろう。道理で公園のホームレス問題が進まないはずだ。
 桐田さんは腕を組んで唸った。黙っていればやり手の営業マンに見えなくもない。
「なるほどねえ。話を聞いていると、この街の一連の出来事の中心は堂真柳華のようだが。むむむ、しかし何というか、ピントがぼけているというか、焦点が分からないというか」
 ――掴み所がない。僕の感想と同じだった。
 僕は中学生らしく片手を挙げて提案した。
「それならいっそ、あの人に頼んで薬を返してもらえばいいんじゃない? 山内組の目的は薬なんだから、それさえ返せば文句はないでしょ」
「それは違う」長谷崎さんは首を振った。「むしろ、薬の場所が分からないから俺は生かされている。もし薬を返したら、その場で捕まって殺されてからドラム缶に詰められて海に沈められる」
 妙に具体的なのが嫌すぎる。
 僕は嘆息する。
「ってことは、やっぱり、無理やり追い返して諦めてもらうしかないのか……」
「彼らは別にロマンチシズムで長谷崎寛を追っているわけではないしね。犠牲が大きいなら追跡を諦めるだろう。そしてどうせ力尽くで追い返さなければならないなら、別に薬を渡してやる必要もない。堂真柳華が持っているならやつらも見つけられないだろうしね。それなら長谷崎くんを殺させないための保険にもなる」
「殺すとか殺されるとか……僕はまったく無関係なのになあ」
「嘆いているのか喜んでいるのかどちらなのかな?」
「前者に決まってるだろボケ」
 思わず口が悪くなった。長谷崎さんと明瀬さんが目を丸くして僕のことを見る。
 桐田さんは僕をさらに腹立たしくさせるような笑い方をした。
「喜びなさい。こちらには正義の味方がついているんだ。悪の軍団が滅び正義の使者が勝利するところを特等席で鑑賞しているがいいさ。それはさておき明瀬さん。あんたはこの長谷崎くんに一体何をしてやるつもりなのかい?」
「な、何って……」
 突然矛先を向けられて明瀬さんはたじろいだ。桐田さんはなおも追撃する。
「一宿一飯の恩義という言い回しがあるが、今回の場合は逆だね。長谷崎寛のきみたちへの貢献に対して明瀬さんたちは十分に報いたのか? 自分たちは守られておきながら、その恩人が危ないとなると何もしないのか?」
 慌てて長谷崎さんが止めに入った。
「そういう言い方は止めてくれ。俺は見返りが欲しくてあんなことをやったんじゃ……」
「私が問題にしているのは彼らの良心だよ」桐田さんは長谷崎さんを諭すように言う。「正義の味方にはなれなくても、心の中に正義や道理の欠片くらいは残っているだろう?」
「……俺たちにどうしろって言うんだ」
「なに、簡単なことだ。私があなた方の代わりにこの男を守る。というわけで、私のその働きに対して、きみたちから報いが欲しい。おっと、別に私のボディガードが欲しいわけではない。最初に言ったとおり、私はとある理由でこのテント――正式名称『アルミフィルムラミネート耐熱不織布』を欲している。どうだろうか、もし私が山内組を追い返したら、このテントを譲って貰えないだろうか」
 何が恩義だ!
 僕は心の中で憤慨した。この野郎、最初からそれが狙いじゃないか。道理で無関係の事件に首を突っ込むと思った。確かに僕たちはこれを必要としているけど、何というか、やり方が汚い。さすが正義の味方だ。正義のためならどんな手段も正当化されるのか。
 明瀬さんはしばらく迷っていた。当たり前だ。桐田さんの提案は理論として破綻しているし、感情的にも納得しがたいものがある。
 流れを変えたのは長谷崎さんの疑問だった。
「その、とある理由ってのはもしかして……」
「きみの一目惚れしたあの宇宙人に依頼されたんだ」
「ああ! やっぱりそうか。あの人のことを知っていたから、ひょっとしたらと思ったんだ」
 リュカさんのことを話題に出した途端長谷崎さんは目を輝かせた。いかつい外見に反して中身は純粋なようである。
 長谷崎さんはまだ態度を決めかねている明瀬に向き直って説得した。
「明瀬さん、お願いします。もし桐田さんにこれを渡して、それがあの人のためになるのなら、それは俺だって望むことなんです。どうかお願いします。お金ならいくらでも出します。代わりのテントが必要なら持ってきます」
「まあ、そう言われちゃあしょうがないが……」
 明瀬さんは渋々頷いた。その姿は娘に泣きつかれて買い物をさせられる父親みたいで妙な情けなさが漂っていた。
「そうそう、言い忘れていたが、連中が来たら他のホームレスの方々はなるべく表に出ないようにしてくれよ。何もしなければ、奴らもきみたちに害を与えようとはしないだろうから」
「言われなくてもそうするよ」明瀬さんは苦い顔をする。「もし何かあっても、俺たちに助けを求めないでくれよ。こっちは自分たちのことで手一杯なんだ」
「よろしい、よろしい。仮に私が殺されてもあんた方は見て見ぬふりをしていればいい。……今晩は、ここに泊めてもらってもいいかい? 夜中に襲われる可能性もあるし、ここを離れたくない」
「……ちょっと待っていろ」
 そう言って明瀬さんはテントを出た。しばらく経ってから戻ってくると、話がついたらしく、誰かのテントで桐田さんを一晩泊めることになった。付け加えて、桐田さんや長谷崎さんに協力することが中央公園に住むホームレス一同の意志であることが強調された。今さらながら、明瀬さんはこの公園のホームレスの、いわば議長のような存在であるらしい。
 僕は桐田さんと一緒にテントを出た。明瀬さんに案内されて、今晩屋根を借りるテントを探す。
「なるほど、あれが今夜私たちが眠るテントか」
「たち? 今私たちっつった?」
「桐田夏雄、沢渡拓也の二名だが」
「僕も泊まるの! いや無理無理無理、無断外泊だし僕何も出来ないし、というか僕無関係だし」
「おっと、ここで帰すわけにはいかないね。きみがいなければこんな馬鹿な作戦はそもそも通用しない」
「何でだよ!」
「私のカウントダウンは始まっているかい?」
 あっ、と僕は言葉を漏らした。桐田さんは満足そうに何度も頷く。すぐに気づかなかった自分の低脳さが恨めしくて、彼の顔をぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。人を殴った経験なんて一度もないけれど……。
「きみの目にカウントが映っていない限り、私はあと七日間は無敵だ。きみは私の命を保障する大事な役割を持っているんだ。そうやって自分を卑下することはない」
「卑下なんてしてねえよ」
「ちなみにホームレスたちのカウントは?」
 僕は改めて、公園の住人たちの姿を眺めた。
「みんな四だ……」
「長谷崎寛は?」
「四」
「だったら安心だ。この作戦は必ず成功する。少なくとも明後日の朝日は拝めるだろうよ」
 桐田さんは呑気に言って、今晩寝床を借りる青いテントの中に入った。手作りの立方体のテントは、近くで見ると僕が思っていた以上に大きかった。
 確かに、僕たちはあと三日は生きているかもしれないけれど。
 四日目の悲劇を、一体どうやって乗り切ればいいのだろうか。

Copyright(C)2011 叶衣綾町 All rights reserved.

a template by flower&clover
inserted by FC2 system