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3.彼女の切欠

「へー、すごいじゃない。一日で二人も集めたのね」
「うむ。さすが石岬だな。最高だ。天才だ」
「バカップル……」
「勝手に僕を含めないでください」
 その日の放課後にさっそく二人を生徒会に連れて行く。昨日は三人しかいなかった生徒会室に今日は六人も集まっていた。人口密度は倍になったけれど相変わらず椅子も机も美潮先輩の分しかないので寒いくらいに広い。ちなみに六人の内訳は僕と仲宮さんと美潮先輩と利川もとい頼子と浅間と……えーと。
「あの、つかぬことをお聞きしますが」
「あやや、恋十郎から質問が出たよ。うん、いいよ。私に答えられる範囲で何でも答えるよ」
「お前じゃねえ」
 絡んでくる利川改め頼子を押しのけて質問する。彼女の前ということもあってやたら肉体的接触をしてくる。でも仲宮さんは笑顔で僕たちのことを見ていた。ただの思い過ごしかもしれないけれどその笑顔が怖かった。これは何。罪悪感?
「皆まで言うな」
 僕の質問をさらに浅間が遮る。やっぱり浅間はいいやつだ。僕の心のオアシスだ。体のオアシスはどこにあるんだろう。仲宮さん? おっといかん、不埒な想像をしてしまった(仲宮さんの方を覗き見しつつ)。
「石岬、お前の言いたいのはこういうことだろう。つまり、一学期が終わって二学期が始まればすぐに体育祭だ。その準備を今のうちにやっておくべきだと――」
「んな先の話はしてねえ」
「だとしたら期末テストか? 生徒会というところは期末テストの問題作成もするのか……ううむ、それは学生として少し問題があるのではないか?」
「もう浅間は隅っこで静かにしてればいいよ」
「石岬」
「なんですか仲宮さん」
「ちょっと小腹が空いたので購買に行ってくる」
 仲宮さんは財布を片手に生徒会室を出て行った。
 ……今気付いたが僕以外みんなボケなんだな。正直僕一人だけでどこまで捌けるか自信がない。つーかもうすでに収拾がつかなくなってるんですが。
「全然話が進まないみたいだから自分で言うが」
 部屋の隅で斜めに僕らのことを見ていたその六人目が口を開いた。目の細い気だるそうな表情と細い体がひ弱なイメージを連想させるが意外にも声はよく通る低音だった。
「オレは西後ざいご たける、二年だ。美潮に誘われてここに来たんだが……見た感じもう五人揃ってるみたいだな」
「ごめんねー。まさか初日にこれだけそろえてくれると思わなかったから。でも折角だから入りなさいよ。生徒会、面白いよ」
「元からそのつもりだ。誘ってもらえて感謝しているくらいさ。……みなさん、よろしく。オレのことは気兼ねせずに西後先輩と呼んでくれていいよ」
 その呼び方のどこが気兼ねしていない呼び方なんだろう。疑問に思ったのは僕だけらしくて誰もそこに突っ込みを入れなかった。
「ちなみに西後くんてアレだよ。ほら、何だったっけ」えーと、と美潮先輩が頭を抱えて悩み始めた。何かを言おうとしているが何を言おうとしたのか忘れたらしい。もうこの人たちは駄目かもしれない。「まあいいわ。とにかく今日からここにいる六人が生徒会のメンバーよ。みんな、一致団結してがんばりましょう」
「仲宮先輩がいらっしゃらざるのですよ」
「それじゃ、みんなの役割を発表するわ」
「発表って、もうですか? あの、まだ自己紹介もまともにしてないんですけど」
「それもそうね。それじゃ、自己紹介よろしく〜!」
 美潮先輩はあっさり引き下がった。何だろうな、この人は自分の意見にこだわりとかはないのかな。だから自由なのか。今だかつてない自由人だ。少なくとも僕は美潮先輩のような前例を知らない。
「それなら最初は俺からだ。なぜならこういうときに率先して自己紹介するのが男だからだ。俺の名前は浅間弘。俺のことは弘と呼んでくれていい。友情を結ぶときは自分から分け与えるのが男だからだ」
「ていうか浅間の男男言うのは口癖なの?」
「ふん、マイブームというやつだ」
 格好つけて言ったが全然決まっていなかった。それ以上紹介することがないのか浅間はすぐに床の上に座った。ちなみに律儀に床の上に座っているのは僕と浅間と美潮先輩だけだった。
「それじゃ、次は私かな、かな、かな、私だね。はいはーい、一年二組の利川頼子ちゃんたぁあたしのことですよ。ちなみに恋十郎とは幼なじみね。昔は一緒にお風呂とか入ってたんだよ〜。私と恋十郎は体のほくろを数え合う仲で……」
「頼子、自己紹介ってのはお前の嘘を発表する場じゃないぞ」
「利川頼子、好きな教科は世界史、嫌いな教科は英語。よろしくお願いします」
 今度は真面目に、淑女のようにスカートの端をつまんで一礼した。あまりにも高く持ち上げるので中が丸出しになった。僕が狼狽していると、頼子が僕の方を振り返ってちろりと舌を出した。他の面子からは位置的に見えない。つまりこれは僕だけをピンポイントに狙ったセクハラということか。僕は若干の殺意を覚えた。
「じゃ、次は石綿くんね」
 僕はアスベストじゃありません。
 立ち上がって全員を見渡す。ていうか僕以外の四人のうち三人は僕の知り合いだ。
「えーと、石岬恋十郎です。一応あの、生徒会副会長の仲宮ゆうさんとお付き合いしています」
「わわ、恋十郎がカミングアウトした」
「普通自己紹介の席で言わないわよねえ」
「ですよねー美潮先輩」
「うむ。男だな、石岬」
 僕を知っている三人から囃し立てられた。唯一僕を知らない西後先輩は口をへの字に曲げて僕の自己紹介を聞いていた。
「イシサキくん?」
「そうです。イシワタじゃないです」
「ふーん。仲宮と付き合ってるんだ」
「はあ、まあ一応」
「一応? それは付き合っていると言えるのか?」
「いえ、付き合ってます」
「ちなみに付き合うきっかけは?」
「えーと」答えたくなかったがみんなの視線は答えろと言っている。空気の読めない男、石岬恋十郎は健在だった。「すんません、そこのところは勘弁してください」
 ちょうどそのとき仲宮さんが生徒会室に戻って来た。手の中にパンの袋を抱えている。みんなの視線が一斉に仲宮さんに集まったので彼女は固まった。間の悪い女、仲宮ゆうも健在だった。そう考えると僕らは悪いコンビじゃないよね、と前向きに解釈してみた。駄目だ、やっぱり暗い未来しか想像出来ない。
 仲宮さんに今の状況を伝える。なるほど、とすぐに理解して、次は彼女の自己紹介だ。
「仲宮ゆう、生徒会副会長。……趣味は格闘技、特技は読書。わたしは不器用だ。色々迷惑を掛けると思うがよろしくたのむ」
 武士のように頭を下げた。でも仲宮さん、格闘技は特技で読書は趣味だと思います。それまで黙って聞いていた西後先輩が、
「仲宮、石岬と付き合ってるってのは本当か?」
「ああ、本当だ」
「どうして?」
「…………」
 仲宮さんは顔を赤くして黙ってしまった。西後先輩はそれ以上の詮索は不可能と判断したのか「そうですか」と言ってあっさりと引き下がった。
 この時点で僕の西後武への好感度はあまり高くなかった。なにせこの男、僕と仲宮さんのことをやたらと聞いてくるのだ。僕はいっぱしにジェラシーなど感じていたのかもしれない。仲宮さんを利用しようとしか考えていないこの僕がおこがましいかもしれないが、でも人間の感情というのは理屈や正当性で簡単に割り切れるものじゃない。僕が抱いた危惧は、つまり西後先輩は仲宮さんのことが好きなんじゃないかということだった。
 僕が西後先輩のことをじっと見ていると、彼は僕のことに気付いているらしいがそれを涼しい顔で受け流した。ううむ、敵ながらあっぱれだ。まだまだ僕とは役者が違う。強くなりない僕は自分の敗北と敵の力量を素直に認めるように努めていた。
「西後くんはもう自己紹介したから分かるわね? わたしも……まあ自己紹介は必要ないでしょ。とりあえずみんなの仕事はわたしが適当に割り振るわ。しばらくはそれでやってみて、向いてないようだったら考えましょ」
 美潮先輩が一同の顔を見渡しながら、うーんと唸った。もしかしてこの人は今アドリブで決めているんだろうか。
「わたしが会長、ゆうが秘書、石前くんが書記、利川さんが会計、浅間くんは書記、西後くんは会計」
「書記っすか」
「私、お金の計算は得意」
「ネコババするなよ」
「まあオレもついてるからな」
 西後先輩がちょっと頼もしかった。僕の好感度なんていい加減だ。
「はいはい。しばらくはこれでいくわよ。……えーと、それじゃ、今日は解散!」
 美潮先輩の号令で今日の生徒会はお開きとなった。結局何もしていない気がするのは気のせいじゃないと思う。



 生徒会の六人体制が始まってからすでに一週間、僕と仲宮さんが付き合い始めてから一週間と一日が経過してしまった。その間僕らはほとんど何もしていなかった。何かはしていたんだろうけど、重大な事件が起こるようなきっかけや志の大きな変化、人間関係の進展は一切なかった。ただ放課後に生徒会室に集まってはみんなで喋るだけの毎日。
 仲宮さんともデートのようなことはしていない。向こうから誘われなかったせいもある。ていうかもしかしてこれは僕が誘うべきなのか。いや、どう考えてもそうだろう。彼女がいるならデートに誘うのが男だろう、と浅間の口調を真似てみた。
 今日も授業が終わって生徒会室に入る。掃除場所が同じなので浅間と一緒だった。
「どもー」
「うむ。石岬たちか」
 生徒会室では仲宮さんと美潮先輩、西後先輩の三人が床に腰を下ろしてトランプで遊んでいた。僕を見つけて仲宮さんが顔を輝かせる。というのは僕の想像で、実際の表情はいつもの仏頂面なので心の中は読めない。
「お前たちも入るか? ポーカーだ」
「何か賭けてるんですか?」
「そうだな。自分の誇りを賭けている」
 仲宮さんが気の利いた台詞を言った。浅間がその言葉を聞いてやたら感動しているのが面白かった。
「どうだ石岬。お前も自分の誇りを賭けてみたらどうだ」
「あいにくと賭けるだけの誇りがないもんで」
「恋十郎は体を叩くといっぱい埃が出るもんねー」
 失礼なことを言ったのは僕らの後ろに立っていた頼子だった。僕と浅間が入り口を塞いでいたので中に入れなかったらしい。
「私は参加しますですよ。うふふ、実はポーカーはめっちゃ強いのだ」
「ならば俺も参加しよう。勝負に背を向けないのが男だろうからな」
「イッシーも参加するわよね、もちろん」
「イッシーって僕のことですか……」
 美潮先輩に変な渾名をつけられてしまった。
 僕たち一年生も二年生の中に混ざる。少し考えた末に僕は仲宮さんの隣に座った。よろしくお願いしますと僕が挨拶すると彼女は僕から目を逸らしてうむと武士のように返事をした。でも今度は頬がわずかに緩んだのが僕にも見えた。
 それから僕たちは二時間ほどポーカーに興じた。何故か西後先輩がポーカー用のチップを持って来ていたのでなかなか本格的なゲームだった。結果は僕の予想通り、トップが美潮先輩で最下位は僕、トップとの点差は絶望的なまでに広がっていた。
「まあ、あれだ。気にするな。お前は運がないだけだ」
「それってけっこう致命的だと思うんですが……」
 仲宮さんの慰めに僕は力なく返す。
「やっぱ駄目ねー。こういう確率勝負になるとあんまり面白くないわ。もっと頭を使うゲームじゃないと」
「ポーカーは頭を使うゲームだと思うが」
「そう? だってこんなの運の勝負じゃない。大体ね、降りるかゲームを続けるかで、一体どこに頭を使うのよ」
「その……役を覚えたりとか……」
「ゆうはもうちょっと頭を使うことに慣れた方がいいわね」
 美潮先輩が呆れて言った。
 頼子はゲームの終わったチップを手で転がして遊んでいる。まるで手品のようにチップが指の上を行ったり来たり。実力的には申し分なかったんだろうけど美潮先輩の強運には勝てなかったみたいだ。何せ三連続ストレートとか出してたしな。勝てるはずがない。
「何だ利川、負けて悔しいのか」
 浅間が頼子に声を掛けた。浅間は常に掛け金を大きく張り、結局ゲームでは一度も降りなかった。当然負け金も大きかったがそれが逆に浅間の手を読みにくくしていたようにも思う。
「別にそういうわけじゃないけどさー。あんな理不尽に強いとやる気なくすぜ」
「それが勝負というものだ。本当にフェアな勝負は運の勝負になる。それでも退かないのが男だろう」
「私、女なんだけど」
「美潮のあれはしょうがない。前に宝籤を当てたと言っていたぞ」
 西後先輩は何故かチップやカードの片付けを一人でやっていた。別に押し付けられたんじゃなくて自分から率先してやっているのだ。もしかしたら几帳面な性格なのかもしれない。
 結局今日も遊んだだけで終わってしまった。この前美潮先輩に聞いたところ二学期の体育祭まではしばらく仕事はないそうだ。ただし体育祭の前には後期の生徒会選挙がある。結局のところ後期の選挙に当選するのが前提の話らしかった。美潮先輩は後期も選挙に出るつもりらしいので僕も手伝うことになりそうだ。
 帰り道は仲宮さんと一緒だった。気を利かせたのか僕のことを認めてくれたのか、今日は珍しく頼子も美潮先輩も付いて来なかった。あの二人は帰りにどこかへ遊びに行くみたいだが。
「仲宮さんはポーカーとか苦手なんですか?」
「うむ……。わたしは考えたりするのは苦手だ。体を動かす方が性に合ってる」
「でもこの間特技が読書と言ってましたけど」
「ああ。本を読むのは好きだな。特に古代日本が好きだ」
「歴史モノですか? 好きな作家は?」
「紀貫之」
 それは歴史モノじゃなくて歴史だ。
「……そういう本ってどこに売ってるんですか?」
「売ってない。だから図書館で読むな。それに只だし。今週の日曜も行く予定だ」
「図書館ですか。そういえば最近行ってないです」
 それどころか僕は最近物語を読んでいない気がする。僕が読むのは実用書の類ばかりなのだ。
「それじゃ、僕もご一緒させてもらっていいですか?」
「もちろんかまわん。……その」
「はい?」
「これはあれか、もしかしてデートというやつか」
「そう……なんですかね」
 いや、デートだろ。
「そうか……違うのか……」
「いえ、デートです。どう考えても誰が見てもデートです」
「そうか。それで安心した。なるほど、今週末は石岬とデートか。ふふん、デートね」
 仲宮さんは気に入ったのかデートという言葉をやたら連発していた。その、恥ずかしいです仲宮さん。
 そういった事情で僕と仲宮さんは日曜日にデートをすることになったのであった。よく考えればこれが初デート。流れで誘ってしまったとはいえ、僕の方から仲宮さんを誘えたのは大きいと思う。これで少しは僕の男が上がった、のかもしれない。まあ正直なところいつ仲宮さんに見限られるかも分からないんだが。と後ろ向きな僕。
 翌日のデートを控えて僕は期待よりも不安の方が大きかった。僕はうまくやれるだろうか。何かヘマをして不愉快なことにならないだろうか。そんなことになったら生徒会で気まずくなるだろうなぁ。まあ仲宮さんの性格ならそんなことにはならないだろうけど。
 日曜日、待ち合わせの駅噴水前に僕が向かうと仲宮さんはもう先に着いていた。近いんだから図書館に直接行けばいいのにと思ったけど、よく考えたら現地集合のデートなんて聞いたことがない。流されやすい事なかれ主義の僕はとりあえず世間一般の慣習に合わせることにしたのだ。
「すみません。待ちましたか?」
「気にするな。四分前に来たところだ。……石岬、お前の格好」
「はい? 何か変ですか? いつもの格好ですけど」
「あのな石岬、デートというものはいつものイベントではないんだ。少しは格好に気を付けろ」
「はあ……」
 言われて見れば仲宮さんはかなり気合の入った服だった。髪は相変わらずのハリガネストレートだったけど、淡い色のワンピースに小さなバッグ、レギンスと普段の飾りっ気のなさからは想像できない格好。
「でも図書館に行くんですし、あんまり装飾過多になる必要もないと思うんですが」
「うむ……そうだな……確かに石岬の言う通りだ……。少し自分を見失っていたかもしれない……」
「あ、いえ、似合ってますよ」
「そうか」
 やっぱり仲宮さん、自分に厳しいな……。
 てっきりこの町の図書館に行くものと思っていたらどうやら隣の早良市の図書館まで行くらしい。僕たちはバスに乗って停留所三つ分の区間を移動した。
「図書館にはいつもバスで行くんですか?」
「いや、いつもは走って行くな」
「走って……一時間くらいかかりますよ」
「そうか? わたしならいつも三十分でつくぞ?」
「仲宮さんて運動神経は抜群ですよね。なんで運動部には入らなかったんですか?」
「そうだな。あえて言うなら、渚紗のそばにいたかったからかな」
 通称が『中央図書館』というだけあってかなり大きな図書館だった。しかも外観は綺麗な白、表には広い花壇。中に入ると新築の建物の匂いがして否応なしにも期待感が高まる。
 一階と中二階の二つのフロアに分かれた巨大な空間に本棚が広い間隔で入っていた。あくまで本を楽しむスペースを確保して窮屈な印象を与えないように、という配慮だろう。
「それでは石岬、見たい本があるのでここで失礼する。いつまでここにいるつもりだ?」
「お昼くらいまでですかね……。その後どうします?」
「そうだな。昼食くらいは食べて行こう」
 仲宮さんはいてもたってもいられないという感じで、そそくさと目的の本を探して本棚の迷路の中に入って行った。
 日曜日ということもあってそれなりに人は来ているようだった。僕は日常的に本を嗜むような人格ではなかったので正直なところ今から昼まで何をしていいのか分からなかった。とりあえず資格の本や雑学系のコーナーを回って見ることにした。
 さすがに蔵書数は多い。地元の図書館とは比べ物にならない。僕は適当に本棚の間を回りながら気になる背表紙を見つけてはそれを手に取り、パラパラとめくってそれを戻す、という作業を何時間も繰り返した。
 ふと仲宮さんのことが気になって探してみることにした。一階を一通り探しても見つからなかったので二階に向かう。
 仲宮さんの姿はすぐに見つかった。図書館であんなに気合の入った服を着ている人が他にいないのもあるけれど、仲宮さんは背も高いし美人なのだ。そういう美女と付き合っている自覚が残念ながら僕にはまだないのだけれど。
 仲宮さんは真剣に本の背表紙に目を走らせ、何冊かまとめて抜き出してから本棚を離れたところで僕に気がついた。
「石岬か。何か面白いものは見つかったか?」
「まあぼちぼちですね。仲宮さんは?」
「まだ読んでいない」
 ぶっきらぼうに答えた。
 仲宮さんは一階にあるテーブルで、見繕ってきた本を読み始めた。僕は特に本に興味があるわけじゃなかったけれど仲宮さんには大いに興味がある。仲宮さんの隣に座ってどんな内容なのかを覗き込んだ。
「古文だ……」
「これは古文ではない。漢文だ」
 どっちも似たようなものだ。現代訳なしに漢文をそのまま読める人間なんてそうそういないんじゃないだろうか。しかも仲宮さんはけっこう速いペースで本をめくっている。
「仲宮さん、古文漢文は得意なんですね」
「いや……まあ平均点というとこだな」
「え、でも今ちゃんと読んでるじゃないですか」
「内容は理解できるが、文法とか教訓とか、そういうのを読み取るのは苦手だ」
 なるほど。仲宮さんはそもそも現代文の素養がないということか。うーん、かなり稀有な人だなぁ。
 仲宮さんは一心不乱に本に目を走らせて、僕はそんな仲宮さんを一心不乱に見つめていた。しかし仲宮さんは少し居心地悪そうにしてから本ではなくて僕の方を見た。
 見詰め合う。僕の心臓の鼓動の周波数が跳ね上がった。
「あの……」
「何だ石岬。さっきからわたしのことを見て」
「いや、別に他意はないんですけど」
「うむ。……その、何だ。気になる」
「ああ、これはすみません。気がつかなくて」
「いや……別に構わん。やっぱりその、そこにいてくれ」
 隣を指差して目を逸らした。結局僕はどうすればいいんだろう。ここにいてもいいんだろうか。
 しばらく僕らは図書館にいて、十二時を回ったところで図書館を出ることにした。仲宮さんはここの貸し出しカードを持っているらしい。さっき読んでいたうちの何冊かを借りることにしたみたいだった。
 眼鏡をかけた若い女性の司書が仲宮さんのことを見て笑顔で会釈する。どうやら完全にここの常連で顔なじみらしかった。
「昼食はどこで食べる? どこか心当たりはあるか?」
「ないです。何食べたいですか?」
「何でも構わん」
「僕も何でもいいです」
「そうか。……って会話が終わってしまったじゃないか」
 仲宮さんが珍しく突っ込んだ。僕は驚愕した。
「……そんなに驚くことはないだろう。わたしは常識人だ」
「仲宮さんは常識人ですけど個性的だと思います」
 むう、と仲宮さんがしかめっ面をしてものすごく怖い目をしたので僕は慌てて「いや、褒めてるんですよ」と付け加えた。こんな取ってつけたフォローが役に立つとは思えなかったけど、でも仲宮さんはそれで僕を睨むのをやめてくれた。
「それじゃ、適当にどこかに行きますか。近場でいいですか?」
「石岬のセンスに任せる」
「僕のセンスをそこまで信頼されてもねぇ……。ちなみにお金はいくらくらいお持ちですか?」
「八百円くらい」
「それじゃ牛丼くらいしか買えませんよ」
「そうか。最近はずいぶんと物価が高騰しているんだな」
 色々と突っ込みどころが多かったが僕は近場で適当な喫茶店を探すことにした。まあ高級レストランみたいなところは僕にも仲宮さんにも似合わないだろうし。ていうか僕ら二人ともあんまり昼食にこだわりがないみたいだし。
 とりあえず大通りに出て何か探そうと住宅街を通り抜ける途中、ちょうどおあつらえ向きの喫茶店を見つけた。あまり大きな喫茶店ではなかったけれど、よく手入れのされた小奇麗な店だった。
「ここでいいですか?」
「ああ。スパゲティがおいしそうだ」
 その判断は一体どこから……。
 僕が先だってドアを開けて喫茶店の中に入る。ベルの賑やかな音が鳴り店員の愛想のよい挨拶。「いらっしゃいませー」。
 カウンターの奥にいた店員はエプロンを着けた浅間弘だった。
「……えーと」
「なんだ、石岬か。まあ座れ。カウンター席でいいな? 今メニューを持って来る。ちなみにスパゲティがオススメだ」
「ほら石岬。やっぱりスパゲティが美味しいじゃないか」
「仲宮先輩もどうぞ。何になさいますか?」
「ミートスパゲティとアイスティー。今持ち合わせが八百円しかないのだが足りるか?」
「不足分は彼氏に奢ってもらってくださいよ」
「か、彼氏か……そうだな、うん……石岬はわたしの彼氏……」
 ちょっと待て、お前ら僕を放置して勝手にストーリーを進めるな。
 とりあえず……。
 僕は浅間の指示に従ってカウンター席に座ることにした。仲宮さんの隣。幸いにも他に客の姿はなく、浅間以外の店員の姿はない。僕ら三人だけ。こうして一塊になっているとまるで生徒会室の中にいるみたいな錯覚を受ける。
「へいらっしゃい」
「それは喫茶店の挨拶じゃないだろ。ていうか……浅間」
「何だ石岬。コーヒーくらいなら奢るぞ」
「お前なんでこんなところで店員やってるんだ」
 聞いてみれば簡単な話で、この喫茶店の本来のオーナーは浅間のお姉さんで浅間弘はここでバイトというか手伝いをしているらしい。元々お姉さんの道楽で副業として始めた喫茶店らしいが、今はお姉さんの本業が忙しくて店に顔を出せない日が増えているという。浅間のお姉さんが何を本業としているかは、彼が微妙にぼかして話したのでついぞ知ることはなかった。
「まあ滅多に客なんか来ないんだがな」
「浅間一人で大丈夫なのか? 本当なら姉上が切り盛りなさっているのだろう?」
「俺一人でも料理の一通りは出来ますから」
「浅間って将来はコックでも目指すの?」
「まだ未定だ。ちなみにこの喫茶店を継ぐ気はない」
「何で。めっちゃいいところじゃん」
「ここで働くと姉貴の思う壺になったみたいでかなわんからな」
 浅間が苦々しく言った。どうやらお姉さんのことが微妙なコンプレックスになっているみたいだ。その気持ちは分かる。僕の場合は対象が姉妹ではなくて幼稚園からの幼なじみだけど。
「浅間、わたしはスパゲティミートソースとアイスティーだ」
「はい、少々お待ちください」
「じゃあ僕はカレーライス」
「あいよ!」
 だからその掛け声は喫茶店じゃない。浅間は知り合いと言えど料理に手を抜くようなことはしないらしく、カウンターの奥で手際よくスパゲティとカレーの準備を始めた。カレーはすでに寸胴鍋の中に用意してあるらしく火をつけて暖めるだけ。別の鍋に麺を入れて鮮やかな手さばきで茹でる。
「うまいもんだな」
「まあな。料理のひとつ、軽くこなしてこそ男というものだろう」
「男ってすごいんだな」
「石岬は料理は出来ないのか?」
 仲宮さんがスパゲティの方を凝視しながら質問した。もしかしてこの人は食いしん坊キャラなのだろうか。
「僕は料理はさっぱりです。今まで料理を作る必要性に迫られなかったんで」
「わたしは割と得意だな。乙女のたしなみというやつだ」
 得意料理は何だろう。まさかおにぎりを作って「料理でーす」などというオチではなからましかば。まさかな。
「へいお待ち。カレー一丁!」
「わたしのスパゲティはまだか」
「今出したらアルデンテになりますよ」
「かまわん。これ以上空腹が続くと……」
 仲宮さんがちらりと僕の方を見た。そしてカレーに視線を落とす。途端に嫌な予感がしたので僕は改めて浅間にスパゲティの完成を催促した。
 カレーのスパイシーな香りが漂っていた。黒っぽく粘性の少ないルーは少し辛口らしい、本場インドのカレーに近かった。
「先に食べてていいぞ。わたしのことは気にするな」
 仲宮さんは気を利かせてそう言ったけど、空腹を紛らわそうとしてやたら水を飲んでいるのが分かった。
「あの、一口食べますか?」
「……いいのか?」
「ええ、まあ。結構ボリュームありますから、僕一人で食べられるか分かんないですから」
「ではお言葉に甘えて」
 あーん、と僕の方を向いて口を開けやがった。しかも何故か目を瞑っている。僕が絶句して何も出来ないでいると、仲宮さんは顔を赤く染めて、
「渚紗がデートではこうするものだと言っていたんだが……」
 残念ながら美潮先輩の話を鵜呑みにしてはいけません。でもまあ、美潮先輩の折角の心遣いをむげにするもの粋じゃないし、浅間も浅間で明後日の方向を見ながら人の恋路に首を突っ込まないのが男というものだ、などと嘯いていたりして。まあ、つまりこれから自分がやろうとしていることに対する言い訳のようなものか。
 スプーンでカレーをすくって、水気が多いのでこぼれないように気をつけて、まるでキスされるのを待っているみたいな仲宮さんの口にカレーを運んだ。
 彼女は三度ほどの咀嚼で飲み込んで、
「……辛い」
 と泣きそうな声で言った。
 僕らが微妙な雰囲気になっていると突然ベルの派手な音が鳴った。浅間が反射的に店員として声をかける。
「美潮センパーイ、頼子ちゃんはお腹がすいて死にそうなのですよ」
「それは大変ね」
「このままだと見ず知らずの通行人に襲い掛かってその肉を食べてしまうかも知れないのですぜ」
「通り魔的カルナバルね。……ってあれ、ゆうじゃない。それに浅間くんと岩崎くん。あれ? なんで?」
「おおー! 恋十郎じゃん。ちゃおー」
 何故か美潮先輩と頼子が客として入って来た。どうなってるんだこの遭遇率は。



 さきほどから喫茶店の中がまるで生徒会室のようになっていた。後足りないメンバーは西後先輩だけだが、まさかあの人までここに来るということはないだろう。……と信じたい。
 美潮先輩と頼子は駅前でショッピングをしてきた帰りだそうだ。両手に抱えた紙袋の中身は服とバッグその他装飾品。そういった飾り物に興味がない仲宮さんは美潮先輩に誘われて買い物に出かけても何も買わないパターンが多く、利川頼子という浪費の出来る友人が出来たことが嬉しいらしい。
 それにしても高校生がこんなに大量の買い物をしてもいいのだろうか。もしかして二人もこっそりと裏でバイトなぞやっていたりするのだろうか。確か我が高校は校則でアルバイトが禁じられていたはずだがそんなルールを守る殊勝な高校生は今時いないということか。
「にしても恋十郎、ちゃんと仲宮先輩とデートなんだね〜」
「何だよ。僕がデートしちゃいけないってのか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。……ふーん、ちょっとは男らしくなったんだね。というよりは男らしくなったから彼女が出来たのかな? んー?」
 仲宮さんの目の前で頼子が絡んでくるのが嫌な感じだった。僕は仲宮さんの方を気にしながら頼子と少し距離を置いて話をする。
「別に何も代わってないよ。頼子が僕の何を知っているのか知らないけど、僕は前からこういう人間だよ」
「アハ! そういうことを言うのはいつもの恋十郎っぽいね」
「石岬と利川はどういう関係なんだ? その、幼なじみとは聞いているが」
「赤の他人です」
「大の親友です」
 僕の主張と頼子の主張が見事に重なった。どちらがどちらを主張しているかは推して図るべし。
「ええぇ〜恋十郎が最近冷たいー。なんでなんでなんでなんでなんでなんでー?」
 ぐいいっと僕の方に体を寄せ付けてくる。しかも笑いをこらえるような表情で仲宮さんの方を見ながら。仲宮さんがいなくてここに僕と頼子の二人きりなら素直に喜ぶ場面なのだろうが、ここは仲宮さんどころか生徒会の面子まで揃っているという最悪の状況だ。
 案の定浅間は僕の情けない姿を非難するような目で、美潮先輩は困っている僕を見下ろしてサディスティックな笑みを浮べながら、そして肝心の仲宮さんはいつもの仏頂面にますます磨きがかかっていた。ここまで無表情だと僕には恐ろしくて直視できない。美人の無表情ほどこの世に恐ろしいものがあるだろうか。
 だけど頼子はそんな仲宮さんの不機嫌を感じ取ったのかますます嬉しそうに僕に擦り寄ってくる。お、お前は何を考えてるんだ! 寄るな! そして仲宮さんに見せ付けるな! 僕は膝の上に握り締めた両の手の中にじっとりと冷や汗が溜まるのを感じていた。
「ま、まあ別に石岬が何をしようとわたしに関係はないからな」
 仲宮さんが妙に調子の外れた明るい声で言った。それを見て笑いをこらえている風の美潮先輩も相当に性格が悪い。仲宮さんはそんな視線にも気付かずに氷だけになったアイスティーのグラスをストローでかき回していた。
 まあそんなこんなで、僕たちはいつも生徒会室でやる通りに遊んではしゃいで騒いで、幸いにもお客さんが来なかったからいいようなものの、もしかしたら浅間に多大なる迷惑を掛けていたかもしれないわけで、その点に関しては少し申し訳ない気もしてくる。
「そう気にするな。客が一人も来ないで一日中店番をしていたときもあったぐらいだ。今日みたいなのもたまには悪くない」
 結局僕たちは喫茶店の閉店まで店に居座って、浅間が店を片付けるのを手伝ってから家路につくことになった。何から何まで生徒会と同じだった。
 現在の時刻は午後九時を回ったところ。もう夏真っ盛りと言えどほとんど真っ暗で、夏の風物詩とも言える虫の鳴き声がそこら中から響いている。
 美潮先輩と頼子はまだ買い物を続けるらしい。もしからしたら僕と仲宮さんに気を利かせたのか、と一瞬思ったけどそれはなさそうだ。単に僕をからかうのに飽きただけだろう。いや、美潮先輩に限っては仲宮さんが本気で嫌がるようなことはしないだろうから、頼子を僕たちから遠ざけてくれた可能性があるけど。
 途中で浅間と別れて僕と仲宮さんは二人きりになった。こういうときは黙って二人にしてやるのが男だろう――とは言わなかったけど。
「今日は楽しかったな」
 と、仲宮さんが言った。素直にそう言えるのが素敵だと僕は思った。
「そういえばまだ聞いてませんでしたね」
 夏の夜、虫の声、肌から熱を奪う冷ややかな風――。そういういつもとは違う夏の日に、僕は少しだけ感覚が麻痺していて、夢見心地で、だからこんな大胆な質問が出来たのかもしれない。
「仲宮さんは、どうして僕のことが好きなんですか?」
「お前はわたしのことを覚えていないだろうが、わたしは覚えている。忘れるはずがない」
「僕、そんなに有名人でしたか?」
「中学のときだった。駅の裏をずっと行ったところの通りを知ってるか? 今はかなり綺麗な場所になったが」
「まあ。この町で生まれましたからね」
「わたしと渚紗は高校進学が決まってからだな、この町に来たのは。だがそれ以前にも一度だけわたしはここに来たことがある。友人を訪ねて来ただけだったが」
 僕らは夜の歩道を二人並んで歩いていた。この何とも言えない懐かしい雰囲気が僕の心を締め付けていた。その懐かしさとは相反する、僕の隣を歩く女性。僕の今までの人生の中にはなかった存在。
「そこでたまたま不良に絡まれている少女を見つけた。当時のわたしは修行不足で……まあ簡潔に言えば、安っぽい正義を振りかざしてその子を助けようとしたわけだ」
「それは……立派だと思います」
「立派なものか。わたしはその子を助けたかったわけじゃなくて、単に自分の行為に酔っていただけだ。正義の味方を気取って」
「でも僕には真似の出来ないことです」
「いや、お前はもっとすごいことをしたんだ」
 仲宮さんは僕の方を向いた。真っ直ぐな目で射抜かれて、心臓の鼓動が半音跳ね上がった。挑むような鋭い目つき。
「わたしはあわや不良たちと対決という事態に陥った。向こうはわたしの挑発に完全に逆上していた。後はわたしが倒れるか、わたしが彼らを倒すか、そのどちらかの道しかなかった。こんな事件が学校に知れたら多かれ少なかれわたしは罰を受けることになる。それを助けたのが――石岬恋十郎だった」
 そうか、そのとき僕が現れてその不良たちをあっという間に倒してしまったというわけか。
「いやお前にそんなことは出来ない」
 何のためらいもなく否定されてしまった。いやまあ、そのことは僕が一番よく知ってるんだけど……。
「お前はわたしと不良たちの間に入ると、不良をなだめ始めた。べた褒めした。服が格好良いとか雰囲気がクールだとか。そして不良たちを上機嫌にさせて、財布から金を出してそいつらに手渡した。お金はあります、先輩たちとご一緒させてください、とな」
「僕最低じゃないですか」
 そう言えば遥か昔にそんなことをした記憶がある。あのときは――。
「最低なものか。お前は暴力を使わずに不良たちを追い払ったんだ。多少の金銭は使ったがな。お前はその不良たちとどこかに行ってしまったから、あの男が誰なのかはつい最近まで知ることが出来なかったが――。あのときわたしの世界は反転したんだ。ああいう手段があることをわたしは初めて知ったんだ。目的のためのあらゆる手段を持っている、まるで魔法使い。心の底から痺れたよ」
「そんなことは、ないですよ」
 僕は自分の言葉を強く意識しながら否定した。
 そんなことはない。僕みたいなのに憧れるなんて、そんなお門違い――。
「石岬、わたしがお前を好きになった理由を話したんだ。今度はわたしの頼みを聞いてくれ。……手を繋いでも、いいだろうか」
 口調と表情とは裏腹に躊躇いがちに小さく手を差し出す仲宮さん。僕にはその手を取る以外の選択肢はなかった。
 僕が手を掴んでから仲宮さんは僕の方を見なくなった。まるで軍人のように、真っ直ぐ前を向いて歩くことに固執しているみたいだった。薄暗くて表情はよく見えない。つまり向こうからも僕の表情が見えないということなので、その点はありがたかった。
 仲宮さんは気づいているのだろうか。
 あのとき仲宮さんを助けた男子生徒は――自分の無力さをどれほど呪ったのか。僕と同じ年頃の女の子が他人を助けるために体を張って立ち向かったのに。自分は傷つくことが怖くて正面から戦えなくて――卑屈に、相手のご機嫌を伺っていたんだ。
 夜の道を恋人と二人きり、手を繋いで歩くのは、そう悪い気分じゃなかった。今夜は月も綺麗だ。仲宮さんがさりげなくそのことを話題に出した。僕もそれに頷く。今夜は良い夜だ、と彼女は言った。
 それでも僕は、胸の奥にある小さな痛みがなかなか消えなくて、右手に感じた仲宮さんの体温がとても怖かった。
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