裁くのは彼女

第5章 失ったもの捨てたもの


 目覚ましが鳴るよりも先に穂子は目を覚ました。どんなに睡眠時間が短くても、穂子は朝になると一度は自動的に目を覚ます。体を起こして、隣で眠っている零時の姿と、ベッドの下に零時に脱がされたエプロンが落ちているのを確認して、昨晩の出来事が夢ではなかったことを思い知らされた。
 零時を起こさないように慎重にベッドを抜けると、自分の服を回収して洗濯物のカゴに放り込んだ。替えの下着とバスタオルを用意して浴室に入る。体中がべとべとして気持ちが悪い。
 熱いシャワーを頭から浴びながら、自分がしでかしてしまったことをもう一度思い出した。
 零時に体を許したのはこれが初めてではない。今さら彼に対して初な感情を持ち得るはずもない。
 そう思っていたのだが、特に自分の感情に関して、理性による予測が当たったためしはない。現に、たった一度心と体を許されただけなのに、じわじわと力強い喜びが胸の奥からこみ上げていた。
 自分の職務と笠木との契約のことを思えばこのような関係は望ましくはない。理性では分かっているのだが、十年前から想い続けていた恋が成就した感動には、そんな理屈を吹き飛ばすほどの力があった。
 最初はただの慰めだった。十年前、零時は赤織志摩を失った穴を埋めるために穂子を求めた。本人はまた違った事情があったと弁解するだろうが、今になって、穂子は当時のことをそのように解釈していた。その穴が自然に治癒して、零時が傷から立ち直り、世良島の殺人への報復を奮起し調査会社に就職した頃には、零時にとっての穂子の役割はすでに終わっていたのだ。が、穂子は零時ほどドライに物事を考えることができなかった。
 ずっと心の中にわだかまっていたのだ。あのときのことが、十年間ずっと続いていた。
 零時が赤織志摩を失って、その喪失感にどうにかなってしまったのと同じように、唐突に零時に見捨てられた穂子は、突然の喪失に気が狂いそうなほどの悲しみを味わったのだ。
 鏡に自分の顔が映っている。彼にとって、自分はどのように写っているのだろうか。ずっと使用人として働いてきた、愛想のひとつもない自分の、何を評価してくれるのだろうか。
 自分の体を、首から順になぞってみる。こんな体でも、少しは魅力的に映ったのだろうか。再び体を重ねた喜びで舞い上がっていたが、冷静に考えて、彼が自分のことを愛してくれるなどと甘く考えることはできなかった。
 少しでも零時に必要とされたかった。
 穂子は体の汚れを洗い落として――いつもよりも念入りに磨いてから、鏡で全身を確認し、無表情を作る練習をしてから浴室を出た。バスタオルで体を拭いて、飾り気のない下着を身につけると、昨夜零時の目の前で服を脱いだことを思い出した。可愛くもない下着を見て、彼は幻滅しなかっただろうか。
 穂子は不安を振り払って、事務的にエプロンドレスを身につけると、時間にまだ余裕があることを確認してから朝食の準備に取りかかった。
 トーストとベーコンと目玉焼き、それに冷蔵庫で見つけたレタスを使った簡単なサラダを用意する。自分の食事は、パンとレタスと生焼けのベーコンをサンドイッチのようにして調理中に食べた。
 背後で零時がベッドから起き上がったのが気配で分かった。本当ならば今すぐに振り向いて朝の挨拶をするべきだったが、いざとなると覚悟が鈍る。気づかない振りをしてカリカリに焼いたベーコンをフライパンから皿に移した。
「おはよう、穂子」
「おはようございます」
 零時が普段と同じように言うので、穂子もそれに合わせることができた。皿をテーブルに並べる。最後にコーヒーを出して、穂子は零時の後ろに座って主人の食事が終わるのを待った。
「なあ、穂子……」
「はい」
「いや、何でもない」零時は穂子の方を見なかった。「いただきます」
 静かな食事が終わり、零時はシャワーを浴びた。昨晩の出来事についてはどちらからも話題に出さなかった。そのことは少なからず穂子を落胆させたが、むしろこちらの方が問題が起きなくてありがたい、と穂子の中にある弱い部分が安堵のため息を漏らしている。
 シャワーを終えた零時が髪をタオルで拭きながら浴室から出てきた。腰にはバスタオルを巻いていたが、彼の裸を見て穂子は思わず顔を逸らしてしまった。火が出そうなほどに熱い。
「穂子、昨日のスーツ、着ていくか?」
「ええ、もちろん……」
「じゃあ早く着替えないと。そろそろ出よう」
 穂子の背後から零時が着替える音が聞こえる。穂子はいたたまれなくなって顔を伏せた。
「穂子」
「はいっ?」声が裏返りそうになった。「あの、何でしょうか?」
「ありがとう。色々と、その……迷惑をかけたみたいだから」
「いえ、そんな」
「十年前のことも」
「いえ、いいんです。零時さんが良ければ」
「それで、できれば」零時は言い淀んだ。次の言葉が出るまでの時間がとても長く感じられる。「これからも、迷惑をかけたいと思うのだが。いいかな」
「はい」
 思わず、反射的に頷いてしまった。



 初めて着たスーツは穂子の予想以上に体にフィットした。黒いレディススーツである。鏡で確認すると、スーツを着ただけで学のない自分がインテリに映っていたのだから不思議だ。
 エプロンドレスとは比べるまでもないがそれほど動きづらいということもない。ハイヒールが窮屈なのが不満と言えば不満だったが、かと言ってスニーカーを履くわけにもいかないだろう。
 零時に付いて会社に行き、零時がデスクで仕事をしている背後に穂子は立つ。そばを通り過ぎる零時の同僚が一様に物珍しそうに穂子のことを見た。元々穂子は他人の視線など気にしないように育てられてきたが、それにしてもメイドの格好ではないことが逆に奇異に感じられるというのは妙な話である。
 同僚たちが零時に穂子の服装をテーマにしたいくつかの質問をしているのが聞こえた。零時たちは穂子に聞こえないよう、最大限に声のボリュームを落としているようだった。主人を不快にさせないためのマナーとして、何も聞こえていない振りをして澄ました顔でずっと立っていたのだが。
 その日、零時は一日中事務所のビルから外に出ることはなかった。班長の多賀から外回りを手伝うように強く要請されているようだったが、零時は別件で調査したいことがあるらしく、結局折れたのは班長の方だった。
 デスクに齧り付いたままあちこちに電話をかける。穂子は零時の仕事ぶりをぼんやりと眺めていた。
 零時が最後の電話を終えて、興奮を隠しきれない様子で受話器を置いた。
「そうか……。そういう繋がりか……」
 零時は何度も呟いた。ペンを何度か取り落として、引き出しからメモ帳を引っ張り出すと猛烈に書き始める。
 主人の仕事に口を出すのは使用人としては差し出がましい行為だったが、零時に心を許されたことでその辺りの基準が非常に緩くなっていた。穂子は思わずどうしたのかと訊いてしまい、自分の犯した過ちに気づいてすぐに後悔した。
 しかし零時にとっては穂子が職業上の倫理を蔑ろにしたことなど路傍の石ほどにも気にならないものらしい。同世代の人間とは思えないような屈託のない顔で穂子に振り返る。
「ちょっと気になって、盗まれた絵の出所を探っていたんだ。つまり、秀島純一は誰からあの絵を買ったのか、と思って。それで今朝からずっと電話をかけてたんだが……」零時は笑いを噛み殺していた。「すごいぞ、これは。最終的には糸谷いとや真由美まゆみという女性が美術商に売ったところまで遡った」
「どなたです?」
「再婚する前の名前は八敷真由美。八敷政孝の女房だよ」
 その事実は少なからず穂子を驚愕させた。驚愕は穂子の口元をわずか数ミリだけ動かした。
「さっき糸谷真由美本人にも電話をかけた。あの三枚の絵は夫の遺品だそうだ。なんで夫が関夏彦の絵を持っていたのかは分からないらしいが。そもそも盗まれたあの三枚は、二十年以上も前に美術館の火事に巻き込まれて焼失、ということになっていたんだ。一度はな。ところが、その焼失したはずの絵をなぜか八敷政孝が所有していたんだ。これは一体どういうことだろう? つまり八敷政孝は美術館に火をつけてそのどさくさで関夏彦の絵を盗んだのか?」
 零時はその質問に自分で答えた。ゆるゆると首を左右に振って否定する。
「違うと思うね。根拠はないが、その絵の作者が関夏彦――柚亜の父親、というところがかなり臭い。多分、何らかの形で柚亜自身がこの件に関わっているんじゃないかと思う」
「その繋がりで、赤織さんも?」
「おそらくは。まあね、志摩は昔から友情には厚いやつだったから」
 零時はおどけて言った。十年前、初めて会ったときの零時は、世良島のことを自分からは決して口に出さなかった。当時と比べて、今の零時はずいぶん丸くなったと思う。



 五日後の六月十四日の水曜日、零時と穂子は鳩山柚亜の自宅を訪問した。柚亜はすでに第一線の画家として活動していたので、彼女の消息をつかむのは簡単だった。柚亜にコネのある画商の一人に伝言を頼むと二、三日も経たずに零時に連絡が入った。
 零時が電話で話した柚亜は世良島のときよりもずっと落ち着いた雰囲気だった。刺々しく感情的な部分は影を潜め、今はむしろどこか陰鬱でもの悲しい雰囲気が漂っているような気がした。
 電車に一時間以上も揺られた上に、駅からさらに二十分も歩かなくてはならなかった。まだまだ開発の余地がありそうな、集積度の低い町並みだった。ところどころに小さな田畑が未だに健在だった。田舎と言い切るには人と車が多すぎるし、都会と言い切るには足りない物が多すぎる。
 柚亜の自宅はごく普通の、洋風の白い一軒家だった。よく手入れされた生け垣が家をぐるりと囲っている。零時は敷地に入ってインターホンを押した。小さな庭が家庭菜園になっているのが見えた。穂子が零時の視線を追って、植えられているのがミントであることを教える。
「はい」
 ドアが開いて、透き通るような落ち着いた声が中から聞こえた。家から出てきた柚亜に、世良島での彼女の姿を重ね合わせようとして、それがどうしてもうまくいかなかった。
「笠木くんね」
「はい。……久しぶり」
「懐かしいね」
 口ではそう言いながらも、柚亜の微笑にはどこかぎこちなさが残っていた。懐かしい、という言葉以外に話題が見つからず、しばらく向かい合ったままの時間が続いた。
 話題を探そうとせわしなく彷徨った瞳が、零時の後ろに控えていた穂子を捉える。
「こちらの方も探偵さん?」
「いえ、彼女は……そうですね。俺の同僚です」
 零時は穂子のことを説明する手間を惜しんだ。これがもしメイド服であったら説明する以外に選択肢は与えられなかっただろう。
「それで、突然どうしたの?」
「うん、まあ。ちょっと訊きたいことがあって」
「男の人はいつもそう。訊きたいことか、話したいことか、用件はその二種類だけなの。立ち話が嫌なら、中に入って」
 一方的に通告すると、柚亜は一人で先に家へ上がってしまった。零時と穂子が慌ててそれに続く。
 リビングに通されてしばらく待つように言われる。フローリングの上に薄手のカーペットが敷いてある。大きな木のテーブルの前で、零時と穂子は二人並んで座布団に座る。
 柚亜が麦茶とコップを持ってキッチンから戻ってきた。目の前で注いで、零時と穂子に差し出す。柚亜の病的に細い指がしなやかに動いているのを零時は見た。
 指だけではなくて体の方も、抱きしめたらそれだけで折れてしまいそうなほどに華奢だった。思わず昨晩の穂子の体を思い出して、隣に座っている本人を妙に意識してしまう。雑念はすぐに振り払った。
 灰色の、色彩に欠けたワンピースを着て、表情にはどこか疲れが浮かんでいる。長い髪は伸ばしたというよりも、単に切る機会を逸して結果的に伸びているだけに見えた。髪先は乱れていて、零時はそれが柚亜の精神的な余裕のなさを表しているような気がした。世良島での、ニヒルだがエネルギーが溢れていた彼女の面影はない。
「ありがとう。……良い家だな」麦茶を受け取って零時が言う。「絵はどこで描いてるんだ?」
「ガレージをアトリエにしたの。どうせ車には乗れないし」
 柚亜の近況については事前に調べていたのでその部分は軽く流した。
 柚亜は二年前に夫と離婚していた。この家は結婚と同時に柚亜の金で買ったものである。子供もできなかったので、今はこの家にたった一人で住んでいる。アトリエに改造する前のガレージには夫の車が格納されていたのだろう。
「みんなは元気か?」
「赤織さんたちのこと?」柚亜は他人行儀にその名前を出した。「会ってないわね。元々私たちの間に繋がりなんてなかったんだから。赤織さんがいなくなれば、こんなものよ」
「てっきりきみたちはまだ仲良くしているものだと。鳴雨とは仲が良かっただろ?」
「今はもう連絡も取り合っていないよ。将棋も辞めてしまったしね……。今は何をしているのかしら。そういうあなたは?」
「俺は今、探偵をしてるんだ」
「それは電話で聞いた。……それにしても驚いたけれど。あなたが探偵になっていたなんて」
「自分でも、まさかこんな職業に就くとは思っていなかったよ」
「探偵って普段どんな仕事をするのかしら」
「調査ばかり。ミステリーに出てくるみたいに、警察と協力して殺人事件を解決したりはしないよ」
「笠木くんはそういう本をよく読んでいたわね」
「毎日データを洗いながら、調査対象を尾行して、盗撮したり盗聴器を仕掛けたり――もちろんこんなことは大っぴらにはできないが、そういうことをやってる黒い調査会社も少なくない。とてもじゃないが警察と共闘なんかできないね」
 零時が大げさに肩をすくめると、柚亜が女性的な愛想笑いを浮かべる。
「まさかあなたから連絡がくるとは思わなかった。だって、私たちが一緒にいたのって、世良島の三日間だけだったじゃない」
「その後も何度か会っただろ」
「ただ顔を合わせていただけだと思うけどね」
 島から戻ってからの零時たちは急速に距離を置くようになった。最後に会ったのは、警察署に参考人として出向いたときだろうか。殺人事件が起きてしまった以上、またみんなで同じように旅行を楽しむ、というわけにはいかなかったのだ。志摩だけの問題ではなくて、あの『友達』の五人は全員が未来ある天才たちだったから。
「それで。まさか今でも私のことを友達だと思っているわけじゃないでしょう?」
「違うのか?」
「私に何か用があるんでしょう? でなきゃ、こんな孤独なおばさんに会いに来るとも思えない」
 温度の低い柚亜の視線にさらされて、零時は麦茶を飲むことで時間を稼いだ。下手な誤魔化しは通用しないだろうし、零時が思っていた以上に友情というのは冷めやすいものなのだろう。
「今年の四月に秀島純一という人の画廊から絵が盗まれた」
「知らない人ね」
「犯人は志摩だ」
 それから零時はわざと間を置いて柚亜の反応を確認した。彼女は零時から視線を外さないようにして、ゆっくりと頷いた。
「そう……それは驚きね」
「知ってたのか?」
「驚いた、って言ったでしょう? あなたと同じで赤織さんとはまったく連絡を取っていないし、今何をしているのかも知らなかったわ」
「その盗まれた絵というのが関夏彦の絵で」零時は内ポケットから手帳を取り出すと、そこにメモした絵のタイトルを読み上げる。「タイトルは『川べりの女』『鏡』『西日』の三枚。この絵に心当たりは?」
「前に一度見たことがあるわ。小学校に入って、本格的に絵を描き始めたころ」
「よく覚えてるな」
「赤織さんほどじゃないけれど、絵に関することなら大抵覚えられるの。関夏彦が私の父であることは知ってるわね?」
 零時は頷いた。
「昔、父が美術館に八枚の絵を寄贈したのよ。そのうちの三枚がそれだった。父は多作だったし、うちはお金にも困っていなかったから、描いてそのままになっていた絵がいくつもあったのね。私はそのとき父と一緒に美術館までついていって、美術館の壁に絵が飾られるところを見ていたの。絵を運び込むとき、偉そうな髭をした美術館の館長が父に何度も頭を下げてるのがとても印象に残ってたわ」
「その一年後に、美術館が火事になって寄贈した八枚の絵は焼けてしまった」
「五枚よ。そのうち三枚は助かって、今は赤織さんが持っている――でしょ?」
「俺が問題にしているのは、その三枚がどうやって火事から助かったのか、ということだ」
「さあ……。誰かが火事の現場から盗んだんじゃないかしら」
「あまり関心がなさそうだな」
「どうでもいいことよ」柚亜は唇を緩めた。「美術館に寄贈した時点であれはもう美術館のものなのだし。その後に絵がどこへ行こうと興味はないわ。父ももう亡くなっていることだし……」
 関夏彦は柚亜が世良島に行った時点ですでに亡くなっていた。
「それで、盗まれた絵の出所を探ってみたんだが」
「探偵っていうのも暇なのね」
「八敷政孝の奥さんだよ。夫の遺品だそうだ」
 柚亜の顔が能面のように凍り付いた。反応をしないよう強く自制していることが、逆にそのことを零時に伝えてしまっていた。零時と柚亜はしばらく無言のまま、視線での激しいやりとりを繰り返した。探ろうとする零時とそれをはね除けようとする柚亜。
「不思議な話ね」出てきた返事は凡庸な感想。「でも、そんな話を聞かされても、私は何も答えられないわ」
「八敷政孝が美術館から絵を盗み出したのか? いや、それでは三枚だけ、というのが不自然だ。あらかじめ盗み出す準備をしていたのなら三枚と言わずに八枚とも盗んでいくだろう。それに関夏彦の絵と言えど、一枚で何億もするような絵じゃない。放火の報酬としては割に合わないと言えるだろうな」
「父は多作だったから。値段が上がらなかったのはそれが原因でもあるのよ」
「美術館の火事はあくまで八敷とは無関係だと考えるべきだろう。となると問題は誰が美術館から絵を盗んだか、ということだ。そしてその人物は八敷政孝と繋がりがあり、そのことが赤織志摩が絵を盗んだ理由に繋がっている」
「考えすぎじゃないかしら。たまたま誰かが絵を盗んで、たまたま八敷がその絵を買い取って、たまたま赤織さんがそれを盗んだ」
「その可能性もある」
「可能性ならいくらでもあるわ。あなたの突拍子もない推理もね」
「八敷政孝には美術品を収集する趣味があったのか?」
「さあ。聞いたことはないけど」
「もし関夏彦のファンだったのなら、娘のきみに何か言っていたと思うんだが」
「……そういえば、そんな話を聞いていたかもしれない。きみのお父さんの絵は好きだ、って」
「本当に? 八敷政孝が本当にそう言ったのか?」
「世良島に行く前の話だから、記憶はかなりあやふやだけど」
「未亡人の話では、八敷は金儲け以外には何の興味も示さない無趣味な男だったということだが」
「夫婦の間にも秘密にしていることはあるわ。私たちがそうだった」
「志摩がわざわざその三枚を選んで盗んだ理由は? 他にも高くて小さな、盗みやすい絵はいくらでもあった。それを選ばずにあえてあの三枚を指定して盗んだんだ。金目的じゃない」
「さあ。彼女の好みじゃないかしら」
「盗まれた絵には何か秘密があったんだ。それが世間に漏れてはマズいと、志摩は絵を回収した」
「一体どんな秘密があるというの?」
「それが聞きたくてきみに会いに来た」
「知らないわ」
 柚亜は挑発するような視線を零時に送った。零時はさっきからやたらと喉が渇いて、気がつけばコップの麦茶が空になっていた。隣に座っていた穂子が、手つかずのコップを零時にそっと差し出す。それを見た柚亜の表情が、まるで生徒の悪行を見つけた教師のようにわずかに歪んだ。
「話は変わるが、柚亜は絵を見て、それにそっくりな偽物を描く、というのは可能か?」
「つまり贋作ということ?」
「そう思ってもらって構わない」
「無理よ」
「本当に?」
「ええ」
「素人が見ても気づかない程度のものは描けるだろう?」
「私は描けない」
「昔、お父さんに言われて絵の模写くらいはやったことがあるだろう?」
 柚亜は答えなかった。彼女の視線は依然険しくなる一方だ。零時はこれ見よがしに溜め息をつく。
「関夏彦の絵を模写したことは?」
「……あるわ」
「その絵の出来はどうだった? 模写の出来具合を見てお父さんは何と言っていた?」
「もういい加減にして。赤織さんもあなたも、何様のつもり? あなたたちは他人を詰問する特権でも持ってるのかしら」
「質問に答えろ」
「あなたこそはっきりと言いなさい。私が赤織さんの犯罪に荷担したと言ってるんでしょう? 冗談じゃない。私は何もしてないし、赤織さんとはあれ以来一度も会っていない。さっきから何度も言っているじゃない。あなたは信じないでしょうけどね」
 とうとう苛立ちを隠すのをやめて、柚亜は早口にまくし立てた。零時が冷静にそれを観察しているのに気づくと、舌打ちして席を立った。広いリビングを意味もなくぐるりと一周してから、彼女は再び零時たちの前に座る。
「それで刑事さん、他に聞きたいことは?」
「いや。必要な分は聞き出せた」
 零時はそっけなく答えると、礼を述べて柚亜の家を後にする。
 その背中を呆気にとられた柚亜の視線が見送った。



「決定的だな。柚亜が関わっていることは間違いない」
 柚亜の自宅を出てから、零時と穂子は事務所に戻ることなくそのまま近所の道ばたで話し込んでいた。昼の住宅街ということで通行人はほとんどいなかった。二人の姿を見て怪しむ人物もいない。
 注意深く柚亜の自宅の方を監視しながら零時は興奮した調子で穂子に説明する。
「最後に贋作の話を持ち出したとき、柚亜は志摩には何も協力していないと言った。柚亜が本当に絵の事件のことをまったく知らなかったのなら、絵の贋作の話題と志摩の泥棒とを結びつけたのは不自然だ。本当に事件のことを知らないのなら、どうしてそんなことを質問するのか、と不思議に思うはずだよな。志摩が絵を盗むのに、本物そっくりの偽物を使ったことを知らなきゃ、あの返答はできないはずだ」
「それはいいのですが、どうしてわたしたちはずっとこんなところにいるのですか? 事務所に戻らなくても良いのですか?」
「残念だが、今から俺たちは柚亜の監視を始めることにする」
「……いいんですか? 勝手にこんなことをやって」
「あとで班長に連絡を入れておくよ。それに、俺が鎌をかけたことは遅かれ早かれ気づくだろう……柚亜は賢いからな。俺が柚亜と志摩の関係に確信を抱いたとなれば、柚亜は志摩に指示を仰ぐことだろう。近いうちに志摩と接触する可能性が高いと思うね」
「ということは、零時さんは、鳩山さんと赤織さんの二人で絵を盗んだとお考えですか?」
「主犯は志摩だろうな。志摩の性格を考えれば、誰かの指示通りに犯罪を行う、なんてのはちょっと考えにくい。問題はそれにどの程度柚亜が絡んでいたかということだが、最低でも志摩の計画を知っていたのは間違いない。だとしたら、志摩の計画に使われた贋作は柚亜が用意したものだと考えるのが自然だが、その場合は志摩に頼まれて絵を用意しただけなのか、それとも計画を考える段階ですでに柚亜が関わっていたのか、それは分からない」
「もし鳩山さんが事件にほとんど関わりがなかった場合――つまり、赤織さんに頼まれて絵を描いただけなら、鳩山さんと赤織さんが接触する可能性はとても低いように思うのですが」
「そうだな。その場合、この張り込みは徒労に終わる」
 零時は当たり前だと言わんばかりに答えた。零時の仕事において、苦労や努力が正当に報われる可能性は非常に低い。その逆に、突然の幸運によって瞬く間に真実への道が開かれることもある。そういうことが何度も続くと、慣れているとはいえさすがに苦痛である。
 これが最後の仕事になるのだ。せめて華々しく終わらせたいと、零時は神に祈った。神の存在を心の底から信じられるほど、幸運に恵まれた人生ではなかったけれど。
「多分、少なくとも今日一日はずっと張り付いてるつもりだが、もしキツかったら――」
「お供させて頂きます」
 穂子の言葉が遮った。その答えを予測してはいたが、実際に穂子の声で聞くと非常に心強かった。
「時間で交代しながら見張ろう。動きがあれば携帯に連絡をすること。穂子、携帯持ってるか?」
「持っておりませんが」
「……交代はやっぱりなし。二人で見張ろう」
 外での張り込みにおいて通信の手段は必須である。穂子が一人で見張っているときに柚亜が動く可能性を考えれば、とても交代で見張る気にはなれなかった。休憩から戻った零時は穂子と柚亜を見失って立ち尽くすのである。間抜けなことこの上ない。
「携帯は便利だぞ。今度買いに行こう」
「すみません。これまで携帯電話が必要な状況に巡り会わなかったものですから」
「携帯電話があればいつでも連絡が取れるな」
「その必要はないかと……。この仕事が終われば、零時さんはずっとお屋敷にいらっしゃるわけですから」
 穂子がおずおずと言った。それを聞いて零時は息を漏らす。実家に戻った自分の姿を想像できなかった。
 それから二人はずっと柚亜の家を見張り続けた。途中トイレのための休憩を何度か挟んだくらいで、零時は決して監視の目を緩めなかった。食事に関しても、穂子を近くのコンビニまで行かせて、零時自身はその場から動かずに立ったまま昼食を済ませた。
 本当なら監視のために車が欲しいところだ。しかし今は車を取りに戻る時間も惜しい。
 車のない、体一つでの張り込みがここまで体力を使うものだとは予想していなかった。柚亜に何か動きがあるのならまだしも、夕方に近所のスーパーに買い物に出かけた程度で、それ以外の時間はずっと代わり映えのしない家を凝視していなければならないのだ。
 零時は自動販売機の横で缶コーヒーの空き缶を弄びながら、次第に限界が近づいてきている疲労と退屈を必死に誤魔化そうとしていた。
 じめじめとした六月の湿気が零時に水分補給を促していたが、あまり頻繁に水分を取るといざというときに危ない。
 見上げると、重そうな暗い雲が一面を覆い隠していた。このまま雨が降れば張り込みは中止せざるを得ないだろう。ふと気が緩むと、零時は雨が降って来ないかとついつい空の方を気にしてしまう。自分の軟弱さが恨めしかった。
 本格的な動きがあったのは夜七時を回ってからだった。昼間見たのとは違うお洒落な服を着て柚亜が家から出てきたのである。そのまま駅の方へと歩いて行った。
 零時は慌てて家の反対側へと周り、穂子に合図して彼女を呼び寄せる。穂子は零時が見張る場所の反対側にいて、彼の死角を補っていたのである。
 二人は少し距離を置きながら、早足で歩く柚亜の背中を追った。昼が長くなってきたとはいえ、この時間になるとあたりはすっかり日が落ちている。女性の一人歩きはあまり安全ではない。この辺りはそんなに治安が良いのだろうか。
 柚亜は駅に到着すると、切符を買って改札を抜ける。零時が切符を買うのに手間取ったせいで一時的に柚亜の姿を見失うが、田舎の駅はホームの数が少なく、彼女の姿を見つけるのは簡単だった。
 跨線橋の上からホームに立つ柚亜の姿を窓越しに眺める。
「お仕事でしょうか」
 いつの間にか背後に立っていた穂子が耳元で言った。思わずぞわりと鳥肌が立つ。
「……大丈夫ですか?」
「突然背後に立つな。びっくりするじゃないか」
「そうは言いましても、気取られないようにしなければ鳩山さんに見つかってしまいます」
 悪戯っぽい表情で言ったが、それは事実である。ホームは小さくて、電車を待つ人の数も少ない。これだけ見通しが良ければ隠れるのは至難の業である。
「しばらくここで待ちましょう」
「こんなところで立ってたら不自然だよ」
「こうすればいいのです」
 穂子は突然零時に抱きついた。背中に両手を回す。零時の心拍が徐々に早まった。零時は跨線橋の外側を向いて、穂子を抱きしめながら、その肩越しに柚亜の姿を見張った。
「少し妬けてしまいますね……これ」
「何が?」
 耳元で囁かれると零時の体が熱くなる。今度はずっと近い距離だ。零時は自分の汗臭さが気になって、出来るだけ早く彼女から離れたいと思った。
「わたしを抱きしめているのに、零時さんはずっと鳩山さんのことを見ています」
「もしかして酔ってるのか?」
「ええ……。いつも」
 間もなく電車が到着し、ドアが閉まる寸前まで粘ってから、二人は車内に体を滑り込ませる。隣の車両にいる柚亜を監視するのは非常に難しかったが、二駅ほどで彼女は電車を降りた。
 観山みやま市は、柚亜の自宅がある樫桜かしざくらと比べれば随分と都会だ。ただでさえ普段の零時はあまり観山市には来ないので、柚亜の行き先にはまるで心当たりがない。
 柚亜は駅を出るとそのまま駅前のホテルに入った。フロントには目もくれずエレベータへ乗り込む。何階に止まったのかを確認して、零時と穂子は階段を駆け上がった。
 四階のフロアを抜けて、柚亜は「鶴蝶の会」という看板の立った部屋へ向かった。受付で話をすると奥に通される。両開きのドアの向こうがパーティ会場になっているようだ。柚亜の他にも、正装した何人かの招待客が会場の前に集まっていた。
「カクチョウの会……か?」
 毛筆で書かれた小さな立て看板を見ながら零時が言う。
 会員の一人を捕まえて、世間話を装って会の情報を聞き出した。鶴蝶の会というのは古い絵画の保全や修繕のために活動している市民団体で、一般市民に向けて美術史の講義をしたり絵画の保護の必要性を自治体に主張するのが主な活動だという。
 鳩山柚亜は鶴蝶の会の会員の一人で、会には他にも美術に携わる仕事をしている人が何人も所属しているらしい。個人で美術品を持つ人を対象にした一連の勉強会が先日終了し、今日のパーティはその打ち上げなのだという。活動報告会も兼ねているというのだから、彼らの活動熱心さには目を見張る物がある。
 受付から会が終わる時間を聞き出していたが、パーティを途中で抜け出されて見失ってしまっては話にならない。パーティの最中も二人はずっと会場の入り口を見張っていた。
 パーティ会場で柚亜と志摩が落ち合う可能性を考えて、会場を出入りする人間には細心の注意を払う。会員の一人に赤織志摩の名前を出してみたが、そんな名前は聞いたことがないということだった。
 パーティが終わったのは午後九時だった。会に出席した他の客がすべて帰ってから、最後に柚亜とその知り合いたちが会場から出てきた。
 一行は談笑しながらホテルの外に出ると、すぐ近くの居酒屋に入った。二次会だろう。
 今度はさすがに終了の時間を聞くわけにもいかず、零時と穂子はそれからもほとんど休憩もせずに居酒屋を見張り続けた。柚亜の近所に比べれば人通りも死角も多く、見張りの容易さでは比べものにならない。が、一日中立ち続けて精神をすり減らした疲労感が、この頃になって零時にどっと押し寄せていた。
「穂子、大丈夫か?」
「もちろん」
 穂子は顔色一つ変えずに零時の仕事に付き合っている。バックアップも装備もない状況での張り込みは零時にとっても過酷な仕事だった。
 柚亜が居酒屋から出てきたのが午後十一時。その場で解散して、柚亜と何人かが駅の方へ向かう。このまま帰宅するのだろう。
 もう少しで終わりだと、体を引きずって柚亜の背中を追いかける。
「明日もまた尾行ですか?」
「……一応班長にはメールで報告しておいたから。できれば交代を回してもらおう」
 だとしても鳩山柚亜が今回の事件に絡んでいることをどうやって説明すればいいのだろうか。あの班長は一見するといい加減だが実はかなり頑固な性格をしていることを零時は知っている。溜め息を吐いて、零時は明日しなければならないことを頭の中にリストアップした。
 柚亜は来た道を逆に歩いて、友人たちと一緒に観山駅からの終電に乗った。いくつかの駅を越えて、樫桜駅に到着すると柚亜は友人たちに別れを告げてひとりで降りる。それを見て零時と穂子も一緒に降りる。気づかれたくなかったので、すぐには降りずに電車が出発するまでぎりぎりまで粘る。
 樫桜駅は人影もまばらで、駅を一歩出ると街はすでに暗闇に包まれていた。今夜は月も出ていない。妙に生暖かい風が吹いている。
 夜道を、柚亜のハイヒールの音が響いていた。零時と穂子は、かなりの距離を置いてその後を追う。
 そのとき、小さな音が鳴って、柚亜の足が止まった。零時と穂子は慌てて身を隠す。柚亜はハンドバッグから携帯電話を取りだして、しばらく路上の真ん中で通話を始めた。辺りをきょろきょろと見回して――零時たちの方をじっと見た。零時は身を強張らせる。
 携帯電話をバッグに仕舞うと、再び歩き出した。
「気づかれたかな」
「いえ、ずっと気づいていましたよ」
「何?」思わず大きな声が出そうになって、零時は慌てて口を閉じた。「……どういうことだ?」
「鳩山さんはずっとわたしたちの方に注意を送っていましたよ。多分、気づいたのは行きの電車の中だと思います」
「本当か?」
「はい。居酒屋を出てからはかなり露骨にこちらを見ていましたが……」
「何で言わなかった?」
「いえ、あの……すみません、気づいていらっしゃると思って、差し出がましいことをしてはいけないと、黙っていました」
「いや、いいんだ……」
 零時の声に落胆と失望の色が滲み出ていた。尾行に気づかれるという大間抜けをやらかした以上、ここはせめて平然と穂子の指摘を受け止めるべきなのだろうが、今はもう格好を気にする余力も残っていなかった。
 冷静に考えれば、別に尾行に気づかれたからと言って、今日の仕事のすべてが無駄になるわけではない。むしろそうやってプレッシャーを与えて、柚亜の行動にどのような変化が表われるかを観察するべきだろう。零時は過去の仕事を前向きに評価して、何とか心の安定を取り戻そうとした。
 柚亜の行動に変化はない。一定間隔に並んだ街灯の光の道を、ファッションショーのようにゆっくりと歩いている。
 突然折れ曲がって、柚亜は脇道に入った。零時と穂子は慌てずに、距離を維持したまま柚亜を追いかけた。
 曲がり角の先に彼女の姿はなかった。代わりに足音が響いていた。歩くようなのんびりしたペースではない、全速力で駆け抜ける音。
「追うぞ!」
 小さく言って、零時は駆け出そうとした。その腕を穂子に掴まれる。零時は一瞬だけ彼女を見て、すぐに前を向いた。
 物陰から二人の男が飛び出して零時たちの前に立ち塞がった。零時がそれを認識する頃にはすでに穂子が前に出ていた。
 街灯の光が、男の取り出した刃物に反射する。
 背後にもう二人。こちらは鉄パイプを持っていた。道の前後を塞がれて、両方を警戒しながら穂子は零時の体を背中で押していく。道の幅をいっぱいに使って、零時の体を覆い隠せるような位置に立つ。
「大人しくしとけ」
 四人のうちの誰かが言った。彼らは無造作に、二人との距離をじりじりと縮める。
 女に守られた零時のことを完全に舐めている。ましてや穂子のことなど眼中にない。もし多少の警戒心が働いていたら、穂子の最初の一撃はこうもあっさりと決まらなかっただろう。
 穂子のことを押し退けようと、男が手を伸ばした瞬間、彼女はその指を取ってねじり上げた。それと同時に中段の正拳突きを打ち込む。
 穂子の拳が男の体にめり込んだ。早すぎて零時には動きが見えない。構え、腰を回転させ、腕を伸ばし、拳が到達するまでの時間だけが、すべて切り取られてしまったかのようだ。そのとき、何かが割れるこもった音が聞こえた気がした。
 男の体が仰向けに倒れる。
 それを見届けずに、穂子の体は流れるように動く。二番目に近い位置にいる、鉄パイプを持った男の顎に穂子の肘が直撃した。ほとんど抱き合うような至近距離で、穂子は二度三度と素早く肘打ちを繰り返す。
 鉄パイプの男の顎が完全に打ち砕かれたところで、ナイフを持って穂子に切りかかろうとした反対側の男の方へ向かう。今さらやっと、標的を穂子に切り替えたのである。
 穂子の射程に対してナイフはあまりにも短すぎた。彼女の後ろ回し蹴りは的確に相手の側頭部を打ち、彼は体を不自然に曲げてアスファルトの上に崩れ落ちた。
 十秒も経たないうちに、穂子は三人の男を片付けてしまった。まるで職人のような精度で無感動に人を倒してしまう。あまりの手際の良さに、零時は状況を忘れてしばらく彼女の姿をぼんやりと見つめていた。
 唯一無事だった男が、倒れた男の腕を引いて零時たちから離れようとする。もはや勝負は決したのである。護衛役である穂子は敗者を追撃したりはしない。
「待て」
 呼び止めると、顎の骨を粉砕された男が零時の方を向いた。その顔にはわずかに恐怖が浮かんでいた。
「お前たちのボスに伝えろ。笠木零時が会いたがってると」
 そう言ってから、零時は自分の言い方が少し芝居がかっていることを気にした。彼らを退けたのは穂子だ。それなのに、まるで自分の手柄だと言わんばかりの大きな態度は何か間違っているような気がしたのだ。
 伝言を受け取ったのかどうかは分からなかったが、男たちは二人を残して夜の闇に消えた。
 鳩山柚亜の足音はもう聞こえなかった。

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