破滅の時間まで

エピローグ

 沢渡拓也が久しぶりに登校すると、やはりいつもの三人組が彼を待ち構えていた。下駄箱で靴を履き替えたところで、拓也は三人に囲まれる。
「おい、お前、学校サボってどこ行ってたんだよ?」
「テメー、授業のノートどうするんだよ。お前ノートくらいしか役に立たねーんだからそれくらいは死んでもやれよ」
「拓也くんさー、こないだの休みの日にゴミ漁りしてたよね? 三組のやつが見たって言ってたぜ? もしかしてお前の家って貧乏なの? お前の家って家族全員でゴミ漁りしてるんだろ?」
「おいゴミ」
「何とか言えよゴミ」
「ゴミがゴミ漁っちゃ駄目だろ」
 三人は声を揃えて笑った。拓也は彼らのそばを無言で通り過ぎようとする。その腕を藤倉が掴んだ。
「ちょっと待てよ。何無視してんだよ。調子乗ってるんじゃないか?」
「少し顔貸せよ。またボクシングしようよ」
「授業までまだ時間あるしさ」
「お前、サンドバッグな」
 後藤が言った。拓也の腹を思い切り殴る。拓也はうめいて、その場にうずくまった。
 その姿を見て三人が大笑いする。玄関に彼らの笑い声が響いた。登校する生徒が何人もそばを通り過ぎるが、三人を咎める者は誰もいなかった。
 笑い声の中、拓也は静かに立ち上がった。三人がそれを警戒するより先に、拓也は正面に立つ藤倉の顎に掌底を打ち込んだ。
「が――」
 開いていた顎が舌を巻き込み強制的に閉じられた。藤倉は口を押さえ、拓也に背を向けてその場から離れる。
 拓也はすぐざま後藤に向けて拳を振るった。ストレートパンチが後藤の鼻を打った。拓也の予想を超えて人間の体は硬かった。拓也の右拳がじんと痛む。鼻骨で手を痛めたらしい。しかし後藤のダメージはそれ以上だった。
「わっ!」
 小野沢は声を上げて拓也から離れた。攻撃による興奮が最高潮に達した拓也はその背中を迷わず追いかけようとした。廊下を蹴り、加速し、相手に狙いを定める。
「待て!」
「落ち着け!」
「おい、何やってんだよ!」
 その突進を、横から来た生徒たちに阻まれた。かつてないほどの破壊衝動に突き動かされた拓也は腕を振り回して暴れようとするが、先ほどまで遠巻きに見ていただけの生徒たちが一斉に拓也の鎮圧にかかったのである。数に抗う術もなく、拓也は廊下に押さえ込まれてしまった。
 数分の間、廊下と生徒たちの腕の間で息苦しい思いをしていた拓也だったが、やがて彼を押さえ込んでいた生徒たちが徐々に離れていった。見上げると、そこには鼻を真っ赤に腫らした後藤と、顔を真っ赤にして拓也を睨み付ける藤倉、そしてにやにやと笑いながらこれから起きることを想像している小野沢だった。
 それから起きたことは喧嘩と呼べる代物ではなかった。三人は怒りにまかせて拓也を蹴り、殴り、蹴り、再び殴った。
 拓也は最初のうちは腕と足で顔面や内臓を守っていたのだが、全身への執拗な攻撃が続くうちに、とうとう自分を守る気力すらなくなってしまった。
 何度も暴力を受け、鼻血を出し、全身に打撲の跡を作りながら、拓也はぼんやりと周囲を見ていた。さきほどはあれだけ拓也の暴力を阻もうとしていた彼らが、今目の前で行われている暴力にはまるで反応がない。結局のところ、彼らは傍観者ですらなかったのだ。
 まったく、なんてことだ。
 こんな世界なら滅んでしまえば良かったのに――と、拓也は今さらなことを思った。自分で選んだこの世界(ルール)がどれほど拙劣で、劣悪であるかを思い知らされたのである。同時に、この世界を捨てられない自分の性を呪った。
 やがてチャイムが鳴り、それでもしばらく暴力が続いてから、三人は復讐に飽きて去っていた。廊下に倒れる拓也だけがその場に残された。
 拓也はゆっくりと立ち上がろうとした。全身が痛い。目が腫れて、視界がかなり狭い。
 立ち上がった拓也にハンカチが差し出された。今まで気がつかなかったが、拓也の目の前には榎丸りくが立っていた。
「あの……これ」眼鏡の向こうで、りくの目がわずかに揺らいだ。「使って」
 拓也はしばらくハンカチとりくの顔を交互に見ていた。あまりに苛烈な暴力の嵐を長時間受け続けていたせいで、今自分の身に何が起きているのかをとっさに判断しかねたのだ。
 やがて拓也は、りくの手を払いのけた。
 ハンカチがその場に落ちる。りくが呆然とその光景を見ていた。
 拓也は彼女に背を向けて、教室に向かって歩いた。
 やがて彼は、自分が廊下に反響するほど大きな声で泣いていることに気づいた。
 まるで子供のように泣きじゃくった。そのすぐ後ろを、榎丸りくが心配そうについてきている。


《 破滅の時間まで / Seeing from here, that was a dreamlike story. 》

Copyright(C)2011 叶衣綾町 All rights reserved.

a template by flower&clover
inserted by FC2 system