僕たちのバレンタイン

 生徒会選挙も終わり、美潮渚紗生徒会も無事に二期目に突入することになった。
 選挙の熱なんてとっくの昔に冷め切って、二学期が終わり、三学期がやってきて、二月も半ばのお話。
 夏はあんなに暑くてオーブンみたいだった生徒会室も、今は寒くて冷蔵庫みたいな生徒会室に無事にジョブチェンジして、僕は本気で生徒会からの脱退を考慮しながら生徒会室の隅っこで四肢を丸めて必死に暖を取っていた。ていうか誰かストーブ。ハロゲンヒーターでもいいから。
 生徒会室には僕以外の人はまだ来ていなくて、がらんとした生徒会室の景観がさらに僕の体温を下げているような気がする。ていうか授業の時間が違う先輩たちはまだしも、なんで同じクラスのあの二人はここに来ていないんだろう。いやまあ特に用もないのにこんなところに来てる僕の方がおかしいんだろうけど。うん、冷静に考えたらわざわざこんな寒い部屋に来るまでもなく、さっさと家に帰れば良かったかも。いやしかし、それすると仲宮さんと会えなくなるしなあ……。
 なんて寒さに苦しみながらも好きな人のことを考えていると。
「おいすー!」
 その仲宮ゆう先輩が、彼女のキャラクターにはない元気な声を上げながら生徒会室の扉を開けた。中には入ってこないで、廊下の側から大声でこちらに話しかけてくる。
 ……仲宮さん?
「お? おー! 石岬恋十郎! もう恋なんてしないなんて言わない石岬恋十郎!」
「そりゃたしかにそんなことを言った覚えはないですけど……」
 ていうかネタが古いぞ、おい。
 いや、突っ込み所はそんなところじゃなくて、えーと。
 僕が戸惑っていると、仲宮さんは一向に構わずに、
「チョコ!」
「は?」
「チョコレート!」
 名詞だけ言われてもどうしていいか分からない。
「あの……」
「今日は三月二十四日だ!」
「いえ、二月十六日ですけど」
 バレンタイン。まあそれを期待して、僕は寒い中一人で仲宮さんのことを待っていたんだけど。ていうか我ながらさもしいな。
「バレンタインだ! というわけでチョコを寄越せ」
「は……? えーと、僕の記憶が正しければ、バレンタインというのは女性が男性にチョコレートを――」
「だからだ! 石岬はわたしのお姫様! だからチョコを寄越せ!」
「僕は男なんですが」
「わたしは女だ」
 睨み合う僕たち。
 何をやってるんだろう……。
 あ。仲宮さんの後ろに美潮先輩の姿が!
「バレンタインだからって、ゆうにウイスキーボンボンをあげたら……」
「こんなんになっちゃったわけですか」
「だって一箱開けちゃうとは思わないし」美潮先輩は僕から目をそらした。反省しているみたいだった。いや、一箱開けたにしても、この豹変ぶりは一体。そんなにアルコールに弱いとは知らなかった。
「石山甲くん」
「石岬です。ていうかわざと間違えてますね。何です?」
「ハッピーバレンタイン」
「うるせえ」
 仲宮さんは僕らのやりとりを見てゲラゲラ笑うと、もうどうでもよくなったのかその場でリスのように丸まって居眠りを始めた。あのー仲宮さん、こんなところで寝ると風邪を引きますよ。
 そんなこんなで。
 バレンタインを迎えても、僕らはそれなりに楽しくやっている。
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