「灰色」あとがき

 さよならベルティエールという小説が完成し、ではウェブサイトを作ろう、ということになったのですが、小説がひとつだけじゃなんか寂しいよ、ってことでわざわざ書き下ろしたのが本作です。
 ミステリーを謎解きの部分までしっかりと書いたのはこれが初めてです(過去に何度か試みてはいたんですが)。が、予想以上の人気作に……。執筆期間にほとんど余裕がなく、一ヶ月ほどで書き上げたおかげで無駄のないシンプルな作りになったのが幸いしたのかも。今読み返すと所々脇が甘い場所が見つかるんですけどね(笑

 構造は非常に簡単、場所と時間を誤認させる叙述トリックが最初にあって、その上から人物誤認、切断された手首、親子の妄執、胡蝶館……等々、を原型が見えなくなるように何重にも塗りたくりました。
 いろんなエッセンスを振りかけた結果、そのうちどれかひとつが好みにフィットする、という予想外の効果が得られました。嬉しい誤算です。

 そもそも一番最初にあったアイデアは「小説紹介の部分で嘘を吐く」という身も蓋もない仕掛けでした。「山奥に建ついわくありげな建物、胡蝶館で殺人事件が起きる。〜〜」ってやつです。
 その効果がわたしの予想した以上に弱かったので(笑)、仕方なく色々と小手先のテクニックを本文中に盛り込むわけになったのですが。本作からの伝統で、わたしの書く作品紹介はどれもミスリードを含んだ当てにならない紹介文になっています(爆

 灰色は「黒の章」と「赤の章」が交互に進む構成になっていますが、この並び方をどうするか、最後までずっと悩んでいた記憶があります。赤の章によるミスリードの出来がわたしの設計通りにいかなかったので、ああ、これは黒の章と一緒に見たときにバレるだろうなぁ、と(笑)。だから黒の章と赤の章をそれぞれまとめて、黒の章1〜3、赤の章1〜3、白の章、という順番にしたらどうかな、って考えたんですが。そうなると赤の章の分量不足とぶつ切りっぷりがますますさらけ出されて、こりゃいかんと本来の交互に進む形式に戻すことに。苦い思い出です(笑

 タイトルに関しては一応最初から決めていたんですが、今にして思えば微妙なタイトルだったかも……。一応、灰色=黒+白で、本来入るはずのない赤(の章)は偽物である、というヒントになっていたんですが、こんなことを考えるのは作者だけでしょうね(汗
 犯人が誰か、というのは結構面倒な問題ですが(灰皿に関する考察が必要なので)、作品の構造自体はノーヒントで見抜けた方が多いのではないでしょうか。


穂波正樹
 旧姓は諸坂。
 奥さんの陰に怯えながらびくびくと殺人を犯した人。やってることは洒落になってないですが、絵を想像するとブラックコメディーにもできそうな感じ。
 にしても手首を切断するなんて尋常じゃないですよね。それもこれも、奥さんに自分の浮気を知られたくないがための凶行です。あんまりその辺を深く掘り下げられなかったのが心残りと言えば心残り。
 名前が出なくても不自然ではない登場人物、ということで執事にしました。そういえば、本作では登場人物紹介は絶対に作れませんね。名前を見た瞬間にトリックが割れてしまう。

穂波静枝
 メイドさん。メイドには必ず「さん」を付けるのが叶衣さんの流儀です。が、さすがにミステリーの叙述にまでは徹底できなかった(爆
 あんまりパーソナルな部分を描かなかった(描けなかった)ので、彼女が鬼嫁だったのかどうかは永遠の謎です。芝川探偵の口説き文句をさらりとかわす辺りに百戦錬磨の気配を感じますが……。

芝川
 探偵役。下の名前はとうとう出せませんでした。それ絡みのエピソードをいくつか考えていたんですけど、結局本作ではどこにも挟めずにお蔵入りに……。
 世間にはいろんな探偵(役)がいますが、再就職先のために事件を調査する、というのはちょっと異例な気がします。でも結構切実な理由ですよね。特に彼は文無し宿無しなので、これで雇ってもらえなかったら本当にどうしようもないです(笑
 物語の最後には正義感の強さもアピール。正義感というよりはモラル、という方が正しいですかね。少なくとも彼は無関係の事件に首を突っ込んで犯人を断罪したりはしないと思います。
 あと、芝川のしゃべり方は非常に書き辛い(爆)。いやもうこれは完全に自業自得なんですけどね。読点を挟まずにだーっと喋るんですが、普通の台詞から読点を抜くだけでは読みにくいことこの上ないので、読点なしでもちゃんと読めるような台詞にするのが大変でした。
 いつか彼の活躍を描いた短編を書いてみたいです。じっくりと考えるタイプの探偵なので、短編には向かないかもしれませんが。

高見郁夫
 興信所の所長。
 芝川を雇った彼がこれからどんな迷惑を被るのかと思うと、同情を禁じ得ません。多分芝川探偵は無意識のうちに他人に迷惑をかけてしまうタイプの人間なので、高見さんのような気質の人には合わないんじゃないか、と思います。

天美修蔵
 胡蝶館の主。
 イメージは天王寺翔蔵博士かなぁ。頭の良い老人ってすごく惹かれます。老人萌え。
 修蔵さんが手首を切断した理由は時計のためであり、切断そのものに意味がありました。その十年後に起きた本作の事件では手の甲に書かれたメモを消すための切断であり、今度は持ち去った手そのものに意味があります。こういった対比が割と感じ良くさらりと表現できたのが嬉しいです。

崎警視
 姓が「崎」で、名前が「警視」です。階級は警部(嘘
 いやまあ実は本気でその冗談をやろうとしたんですけどね。挟める部分がなかったのでしぶしぶ諦めました。
 本作では最後の部分を除いて崎警視の視点で物語が綴られます。結果、いつも芝川探偵のツッコミ役に回ることに。二人は割と良いコンビになったと思うんですが、いかがですか?
 多分、芝川探偵が事件を推理しなくても、崎警視ならすぐに真相に辿り着くんじゃないかと思います。そういう意味では芝川探偵はかなりピンチでした。崎警視の方が先に事件を解決してたら、もしかしたら高見さんから探偵にスカウトされていたかもしれませんね(笑
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